「カラビ=ヤウゲート 深淵の悪魔」/第二十二話
「ただいまー」
岩田哲明43歳は疲れ切っていた。パチンコ店に勤めて20年あまり。きょうは早番で16時上がりのはずだったが、ホールバイトが大遅刻したため、その穴埋めをしてきたのだ。少し前に腰を痛め、かばいながら日々の業務をこなしている。早く食事をとって風呂に入り、体をほぐしたい。
だが、いつもなら明るく帰りを迎えてくれる妻と娘が、顔を出さない。
「おーい」
怪訝に思いながら廊下を歩き、居間を覗く。と、2人は棒立ちのままテレビ画面に見入っている。この時間はどのチャンネルでもニュース番組を放送しているはずだ。
「なんだ、ど・・・」
どうかしたのか、と言おうとして声を失った。
画面に映っていたのは異様な光景だった。
どこかの部屋の中で一人の女性が祈るような姿勢で佇んでいる。その先には直径1メートルほどの光の輪。輪の中には、同じ部屋の中でありながらもザラザラとした質感の、別空間が広がっているように見える。
聞き覚えのない男性の声で状況が説明されているようだが、なんのことなのかさっぱりわからない。が、妻と娘も口を開けたまま、食い入るように見入っている。
やがて娘は、ハッと何かに気づいたようにスマホを取り出しで画面に向け始める。
エラいことが起こっている。
岩田は食事のことも腰の痛みも忘れて、立ち尽くしていた。
☆☆☆☆☆
「水沢さん、大日本テレビから連絡入りました!全中でとるからそのまま番組終わりまで生テイクしてくれ、とのことです」
水沢は画面上の出来事を呆けたように眺めながらも返事をする。
「・・・そういうことなら、大日本に同時で裏送りするからスタジオコメントつけていいと言ってくれ。こっちは逆にN1をテイクして飛び乗る」
「わかりました」
紅林は水沢に声をかける。
「SNSだな」
「ああ、SNSのアクセスが急増したのに気づいて大日本が反応したな。全国放送でやってくれるなら、うちもそれに乗る。そうすれば・・・」
「CM飛ばしも大日本の責任、ってわけか」
テレビからは大日本放送のアナウンサーの声が聞こえ始める。
紅林は脳内でざっくりと計算をしてみる。北海道550万人に対して世帯視聴率15%だった場合は視聴人数は80万人強。これが全国放送で10%だとゆうに視聴人数は1000万を超える。これは『悪魔』のリソースを食う大きな力になるはずだ。
再び堀川の声が聞こえた。あとを継ぐように大日本のアナウンサーが実況する。
☆☆☆☆☆
恋河原は光の輪をくぐって、その向こう側へと渡り、下柳を抱き起す。
「下柳さん!わかりますか?恋河原です!」
<続く>
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