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「思い出になんか、ならないよ」/連作短編「お探し物は、レジリエンスですか?」

<「#絵から小説」企画 参加>

モミジの林を見渡す高台の展望台で、私はユリを待っていた。彼女に告げなければならないことがあるからだ。もうそう長くはない残された時間で、何を、どこまで伝えられるだろうかと考える。

「ナナミー!おまたせ。ごめんごめん」

私の姿を見つけたユリは、小走りで坂道を登ってくる。

「もう、わざわざ、こんな、ところに呼ばなくても、私の、部屋で、よかったのに・・・」

弾んだ息を整えながら、ユリはいたずらっぽい表情で私を見つめる。

「今日は特別。大事な話だから、場所を変えたかったんだ」

「ふーん。ちょっと座っていい?」

両手を腰に当てて立っていたユリは、ベンチに腰を下ろす。私も隣に並んで座った。

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「で、話って?」とせっかちに聞くユリ。

「うーん、まずは生徒会長選挙、当選おめでとう。だけど、ちょっと想定外の事態が起きちゃったもんだから、言っておこうと思って」

私はユリの目を見ず、ほのかに色づき始めたモミジの林を見つめながら、勢いをつけて話す。

「あのね、今回の選挙があったことで、あなたの中の論理性志向が急激に上昇したの。私のアイデンティティはあなたの人並外れた情緒性に依拠していたんだけれど、そのバランスが大きく崩れ始めた。あなたが新たに獲得した『世の中と折り合いをつける能力』と私の存在事由は相いれない関係なのね。だから、最後にあなたにそのことを言っておきたくって」

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「ちょ、ちょっとナナミ!怖い怖い、何言ってんのか全然わかんないよ。おちついて。なんか嫌なことでもあった?ほら、深呼吸して」

驚いた顔になったユリは、左手を私の背に回し、心配げに私の顔を覗き込んだ。なるほど、確かに焦りすぎたようだ。少し深呼吸をして、今度はユリの目を見ながら問いかける。

「・・・ねえ、ユリ。私たち友達になってから何年たつかな」

「え?小6で同じクラスになってからだから、2年半かな?」

「そう。ナナミとしてはそうだね。だけど、ヨウコ、カズミ、コウタと遡ると私たちは10年近くあなたを見ているの」

「え?何?誰?聞いたことないけど」

「あなたの記憶にはないよね。私たちは記憶を引き継ぐんだけど、役目を終えたものは、あなたの記憶に残らないように消えることになっているから。私はね、あなたのイマジナリーフレンド。想像の中の友人よ。それも最後の」

ユリは勢いよくベンチから立ち上がり、私を見つめながら言う。

「・・・想像の・・・?ちょっと、そんなわけないじゃない!二人で買い物行ったり、映画観たりしたじゃない。選挙だっていろいろアイデアくれたし、そのおかげで当選できたんだよ。冗談やめてよ」

怒りのあまりだろうか、ユリの顔は紅潮し、目には涙が溜まっている。その姿を見て、逆に私は冷静さを取り戻すことができた。

「私たちはあなたが必要とするときに生まれ、あなたが大きく成長するたびに消えてきた。そして、あなたの感性が大人へと変わるいま、私たちの存在自体が終了するタイミングを迎えようとしているの。あなたも薄々はきづいていたんでしょう?」

「・・・・・・」

ユリは立ち尽くし、履いているピンクのスニーカーのつま先をじっと見つめている。私の言葉は彼女の心の中心に届き始めているようだ。

「・・・れない」

「?」

「忘れない!私、ナナミのことぜったい忘れない。ナナミは私の思い出の中でずっと生き続けるんだから!」

顔を上げ、こちらを見つめるユリの頬を、こらえきれず零れる大粒の涙が伝う。私はゆっくりとかぶりを振る。

「思い出になんか、ならないよ。忘れることが、あなたの成長なんだから」

「でも、でも!」

ユリは泣きじゃくり、しゃがみこんだ。嗚咽が続く。

「ひとつだけ、贈り物をする。それは『勇気』」

私はユリに近寄り、そっと右手でそっと背中に触れる。

「いまね、きれいな夕日が見えているでしょう?この先あなたに悲しいこと、つらいこと、悔しいことが起きた時は、夕日を眺めるの。そしたらあなたの心の中に勇気がわく。夕日があなたのキーアイテムだよ!これが最後の贈り物」


気づくとユリは高台の展望台でしゃがみこみ、ぼんやりとピンクのスニーカーのつま先を眺めていた。ジョギングのつもりで展望台まで登ってきたが息が切れてしまったため、一瞬、意識が飛んでいたようだ。

「あー、きれいな夕日。よーし、あしたも頑張るぞ!」

ユリは立ち上がり、夕日に向かって呟いた。なぜかはわからないが、心の中にあすへの活力が満ちあふれてくるような気がした。

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