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「カラビ=ヤウゲート 深淵の悪魔」/第十八話

「人口減少対策に経済政策。積年の問題に対してわかりやすい施策を示すことができるかどうかで、知事選終盤戦の風向きは大きく変わる可能性もありそうです」

男性キャスターのコメントが終わると、映像はVTRに乗り替わり、女性キャスターが次のニュースの予告を読み上げる。

「お知らせの後は、宗教団体を巡る住民トラブルについてです。住宅街に設置された謎の宗教団体の拠点。周辺住民の間から不安の声が上がる中、宗教団体が単独インタビューに応じました。中継を交えてお伝えします」

CMに切り替わったモニターを、紅林は北都テレビの副調整室で見つめていた。かつての同僚で副編集長をつとめる水沢が、旧知の仲ということで、こっそり入れてくれたのだ。古株のスタッフが懐かし気に声をかけてきたこともあり、居心地はそう悪くはなかった。

「さっきの話、どこまで本当なんだ?」

隣に佇む水沢が紅林に小声で尋ねる。

「『実話怪談』にホントかウソか、なんて聞くもんじゃないだろ」

「・・・悪魔と出会って話をしたなんて、さすがになあ」

小首をかしげる水沢に紅林は言う。

「ほら、CMあけるぞ」


スタジオの2人のキャスターが交互にリードを読み上げ、VTRがスタートした。事前に別のアナウンサーの声でナレーションが吹き込まれている。

元は学習塾の入っていた住宅街のビル。いつのまにか、看板が外されて見知らぬ男女が人目を忍ぶように出入りし始めたこと。深夜まで灯りが消えず、機械や人の話し声が絶えないことが伝えられ、町内会長がインタビューに答える。

「そりゃ不安ですよ。何やってるのかわからないからね。宗教がらみだと、過去に事件もあったじゃないですか」

ナレーションは語る。

この建物で活動する謎の団体について、さらに切実な不安の声も・・・

画面は一人の男性のワンショットに切り替わる。右側には縦に『北都大学工学部 堀川晃 准教授』とのスーパーが表示される。

「うちの学生の一人がゼミに出てこなくなりまして、連絡がつかないんですよ。親御さんも行方がわかっていないということなんですが、学生たちに話を聞いてみますと『クロノスの会』という団体に関わっていた可能性があるということなんです。WEBで調べてみると宗教的な活動をしている団体らしいんですが、極めて、極めて心配な況であります、はい」

あの先生、テレビ映りはなかなか悪くないな、と紅林はニュースを見ながら少し笑う。画面はスタジオの男性キャスターに変わった。

ナレーションは3階建てのビルに入っている団体が『クロノスの会』であることを告げる。

私たちはこの『クロノスの会』を訪ねて直接取材を申し込みました。団体の幹部が取材に応じました。
「私たちの目的、それは『人類を守ること』です」「・・・悪魔、なんてものがいると思いますか?」
インタビューの最中、突如、一人の青年が意味不明なことを叫び始めました。
「プ、プラズマを使うんだ。悪魔に対抗するために、できることをやらなくちゃ」

紅林はここまでのVTRについて水沢の反応を横目で確認していた。名目としては副編集長だが、水沢は実質、このニュース番組についてプロデューサー権限を持っている。彼の判断次第ではニュースの構成が急遽変更される可能性もあるのだ。いまのところ水沢は興味深げにVTRを見ている。視聴者もそれなりに関心を持っていることだろう。

だが、まだだ。まだ全然足りないはずだ。

いま時刻は18時35分。19時までの間にできるだけ多くの人間に『怪異』を『情報』として受け取ってもらう必要がある。だが例えば、下柳が消えたシーンをVTRで見せても、加工だとみなされるのがオチだ。フェイクとみなされてしまえば、『怪異』はその力を失うだろう。

そのためには、生中継に賭けるしかない。

VTRはここで終わり、スタジオの男性キャスターが画面に映る。

その団体の建物の前から中継です。恋河原さん!

「はい、『クロノスの会』という団体の本部ビル前に来ています」

カメラはハンドマイクを持った恋河原と、その脇に立つ堀川の姿を映し出していた。


<続く>


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