『 』を売る男7

nullがあちこちで話題になると、それを良しとしない人々が現れ始めた。彼らは口々にこの"商売"の矛盾点を指摘したのである。

"nullは詐欺みたいなものだ。実態のないビジネスだ。"nullを売る方法"は馬鹿を騙す詐欺なのだ。"

彼らは"知能の足りない"新たな購入者が産まれないよう精力的に活躍し始めた。いびつな仕組みについて説き、マーケットで注意喚起のビラを撒く者まで現れた。

しかし、それを成功者に対する嫉妬と耳を貸さない者が殆どだった。疑惑の種が根付いたとしても、払った分は取り返したいと売る者、果てには親兄弟にも売り付ける者まで出始めていた。

正義の人達は諦めなかった。マーケットの元締めに交渉し、政府の目を開かせる為にますます活動にのめり込んでいった。

私はそれがマーケット全体、nullをめぐってふわふわとした熱病のようなものに侵されていたように感じた。

ここまで話題になるとマーケットも目をつぶっていられなくなったのか、マーケット全体でのnullの取引を禁止した。

正しき人々は勝利を喜び、いびつな商売をした者をこき下ろした。あの中に純粋な善意で行動した人はどれ程居たのだろうか。今となってはわからなくなってしまったが。

とにかく、短時間で爆発的に増殖したnullは、そうして姿を消したのだった。


さて、あれだけ建ち並んでいたnullの店は無くなったが、nullが壺や書籍に姿を変えて今もなおマーケットに並んでいる。

あの店主と話をしてから数ヶ月、マーケットはすっかり変わってしまったが、あまたのガラクタから宝物を見付けることには変わりはない。だから私はこれからも足を運ぶつもりだ。

──今日は何か出会いがあるかな──と通いなれた道を急いでいた、その時、

おや、お久しぶりでございます。覚えていらっしゃいますか、私のことを。

忘れられるものか、あの出会いを。

振り返ると、作り物の笑顔を貼り付けたあの男が立っていた。

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