『 』を売る男5
全く仰る通りです。でも、私は儲ける方法なぞ売ってません。私が売ってるのはnull、何もないわけです。それを話題作りのために買う客もいれば、儲け話と思って買う客もいるでしょう。買った後何になるかはそれぞれなのですよ。
だから言ったでしょう、私はどうして売れるのかわからないと、と店主は言った。
少し喋りすぎましたかな。まあ、こういう商売の仕方もあるのですよ。そうだ、あなたもおひとつ買ってみませんか。
とんでもない男だと思った。ありもしないものを売り、あえて真似をさせて、その後の事は知らないとでも言っているような。
話の途中までは店主の余裕のある態度を見て、纏ったぼろすら実は高級品なのではと思ってしまっていた。そう思わせていたのだ。私は背筋が冷たくなるのを感じていた。
いえ、生憎ですが。私には到底扱えそうもありません。
そう仰ると思っておりました。だからこそ貴方にお話したのですよ。長々と話を聞いてくださりありがとうございます。今日のところはここで失礼致します。
そう言うと店主は敷物を纏めて去っていった。
小さなスペースに敷物だけの簡素は店は、まるで最初から何もなかったようにひび割れたアスファルトを覗かせるだけになった。
店主と別れた後もマーケットをぶらついたが、あの笑顔がちらつき何も買おうとは思わなくなっていた。
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