『 』を売る男4

さて、どこまで話しましたか。私が何でnullが売れるのかがわからないと言いましたが、あれはちょっと語弊がありましてね。確かにnullが売れるのかはわかりませんが、客が何でこれを買うかはわかるのですよ。

店主は身振り手振りを使い話し続ける。まるで隠し通した誰かの秘密をばらまくような、そんな口ぶりだった。

旦那みたいな"普通の"人には知られていませんがね、私はこのマーケットではちょっとした有名人でして。まだ1ヶ月しかいないんですがね、"ぼろをまとった成功者"ってね。

成功者。そう言われて店主を改めて見てみる。頭深くまで纏ったぼろの奥に見える顔はなるほど自信に満ちていて、成功者に見えてくるものだ。先ほど客払いをした時もそうだが、余裕というのか、とにかくそういうものが溢れているようだった。店主は続ける。

私があんなところに座っていると皆さん気になりますでしょう。何を売っているのかと。そこで私は先ほどのように答える訳です。世の中には物好きがいましてね。自慢したいがためにあえて金を出す奴がいるのです。
ふむ、確かに私の会社でも『必要だから』買った訳ではなく『こんなものを買ってしまった』と見せびらかすために金を払う奴がいるな。しかし、今日見た客はそういった連中には見えないのだが。

店主はそうなんですよ、と笑った。よほどこの話をするのが楽しいらしい。最初感じた場所にそぐわない明るい表情も気にならなくなってきていた。

最初の客はそういった物好きなんです。あいつらはその場注目されれば後の事はどうでもいい連中なんです。そして、とにかくお喋りだ。
なるほど、所謂口コミというやつか。しかし、噂には尾ひれがつくものだろう。この売り物なら余計に。それでも客が途絶えないのは別の理由が──

言い終わる前に店主はふいに身を乗り出した。その言葉を待っていたと言わんばかりに。

そう、それです。まず物好きが広め、次に知り合いが買っているからと何人かは買います。そのあとは噂が広まるのですよ。『座っているだけで大金を稼いでいる男がいるらしい』とね。今来ている客はnullを買いに来たのではなく、儲け話を買いに来ているのです。私は客を差別など致しません。ただ、私の真似をするのならロイヤリティといいますか、売上から少し"おこぼれ"をいただくようにしていましてね。

ここにきて私はううむ、と頭を抱えたい気分になった。確かにそれなら売れるだろう、しかしそれはこの店主だからこそ成しえた事で、他の人間が真似をしても確実に儲かる方法とはとても思えなかったのだ。

尚話そうとする店主を遮り私は言った。

気を悪くしたらすまない、それは客が同じ事をして成功すると思っているのかね?私はそうは思わないのだが…。

店主は怒るのだろうか、それとも、気にしないのか。ぼろの奥にある明るい表情が張り付けたものだと漸く気付いた。


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