を売る男

夕暮れ時。仕事にかたをつけた私は、靴をうるさく鳴らし道を急ぐ。

今日は給料日、日々の命を繋ぐ手数料を払い僅かに残った金を握りしめ"あそこ"に行くのが毎月のささやかな楽しみになっている。

もう幾度も通った道を抜け、漸くたどり着いた。『マーケット』に。


そこは誰でも店が出せるノミ市のような場所だ。

自作の絵画から骨董品、果てには自伝や生活ゴミ。手数料さえ払えば何を売ってもいいからか、多種多様な店がある。

入ってすぐの大通りには私でも名前くらいは知ってるような作家の店や美容品などの華やかな店が並んでいるが、ひとつ裏道に入ると得体の知れないもの、ちょっとした薬物さえ手に入る。

規模があまりに多く、規制に規制を重ねても抜け道をつくからか、政府もある程度目をつぶっているのだろう。

店が店なだけにぼったくられた事もあるが、私はこの裏道を歩くのが楽しみになっている。掘り出し物を見付けては買い付け、窮屈な生活の潤いにしている。


それにしても、このマーケットは本当に様々な物が売っている。大したことないものに高額の値札をつけ、それを必死に売る店もある。

どうか、どうか買って下さい!これのために借金をしたんです!小さい子供がいるんです!
これで人生逆転するんです!命をかけてます!応援してください!

あわれな店主達には興味はない。最も彼らは商品のほかに同情も売っているのだろうが、あいにく私はくだらない悲劇のために金を払う気はないのだ。

もっと、何か面白いものはないか。ありふれた悲劇ではなく、しっかりと楽しめるものは。

面倒臭い薬の売人をあしらい更に裏道を進んだ所に、小さな店───と言っていいのだろうか、看板も何もないが───を見つけた。

そこは確か、先月までは手作りの石鹸を売っていた小さなスペースだったか。二畳くらいの範囲に簡素な敷物があるだけ、その上にぼろをまとった男が座っていた。

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