見出し画像

君にプロポーズをした日


昭和に入ってからのことだっただろうか。
或る晩に僕は恋人にプロポーズをした。僕より年下の[恋人] 、当時数えで17歳だったと思う。
劇場か何かわからないけど、僕は彼女の仕事が終わって出て來るのを、煌々とした光を放つ白くて四角い大きな建物の前でまっていた。辺りはその建物以外は特に何もないようで、その路地は真っ暗だった。
僕はいつも彼女を迎えに来ているようだったけど、今日はプロポーズをすると心に決めており、すごくドキドキした心持ちで彼女が出てくるのをその建物の前で待っていた。

次の場面で、僕は彼女とレストランに居る。
綺麗な洋風の建物だった。今で言うなら見事な”近代建築”とでも言うような場所。
茶色やベージュ系の印象がある割とシックな内装で、照明が煌びやかで壁や天井の装飾は見事なアールデコ調だった。
僕と彼女は店の真ん中あたりの席で、テーブルに向かい合って座っていて、食事が始まりかけたところだった。
白いテーブルクロスとワイングラス。食べ物が来ていたかどうかは少し曖昧。多分僕はそれどころじゃかなったんだろう。
「ちょっとトイレに行くね」
と僕は彼女に言って席を外す。
お手洗いに行って一度手を洗い、僕は鏡の中の自分の顔を見て気合いを入れ直す。
服を軽く整えて、用意した指輪をポケットから出すと手の中に隠して、最後にもう一度鏡を見て、よしと頷いてまた席に戻った。
彼女に指輪を持っていることを見られないように、するりと席に滑り込むと僕はすぐにまた立ち上がって、彼女の顔の前に指輪ケースを出し、ぱかっと開いて「僕と結婚してください」と言った。
すると彼女は涙を浮かべて喜んで、満面の笑みで「うん!」と答えた。
それを聞いた僕はわんわん泣いてしまって、二人でずっと泣いて喜んでいた。
彼女より僕の方が泣いてしまっていたと思う。

レストランを出た帰り、僕と彼女は銀座の街の灯りの中を歩いている。
赤ワインをいつもより沢山飲んだ僕は上機嫌で歌を歌いながらふらふら歩いていた。
「どうせなら今日は少し遠回りして帰ろうよ」
と僕は彼女に言う。
少しでも長い時間一緒に居たかったからだ。
彼女はしょうがないなという様子で笑って聞いてくれる。
幸せでたまらない夜だった。

次に彼女とデートをした時、これからはもうあなたの奥さんなんだから、ね、と彼女は僕のことを名前で呼んだ。今まで苗字で呼んでいたのに。すごく嬉しそうに、そして少し誇らしそうにそう言った彼女のことを思い出す。



匿名いいねや応援コメントはこちらへ↓
[on.icon] https://wavebox.me/wave/8r283mmyudnhdsxj/

性感帯ボタンです。