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古民家活用の新しいモデルケースを目指して。つながる古民家 隠居屋 IN kyo-Ya|千葉・松戸市

松戸駅から歩くこと20分弱。アクセスがいいとはいえないエリアにある古民家が多目的レンタルスペースとして賑わいを見せています。パン屋さんやスープ屋さん、陶器屋さんが間借りで営業したり、全国からミュージシャンがライブに訪れたり。omusubi不動産が培ってきたこれまでの経験やネットワークを活かして、空間と立地に合わせた運営を行っている隠居屋。これまでの歩みを、オーナーの石井なぎささんとともに振り返りました。


プロジェクトのポイント

  • トークイベントをきっかけにomusubi不動産にご相談いただく

  • 3回のオープニングイベントを通じて、認知を広めながら出店者を集める

  • 専属コーディネートスタッフをおいて、事業として成立する古民家活用の新しいモデルを目指す


お話を伺った人たち

左:omusubi不動産 まちのコーディネーター 岩澤哲野
中:隠居屋 IN kyo-Ya 石井なぎささん
右:omusubi不動産 代表 殿塚建吾

多くの人に使ってほしい。でも、自分も関わりたい


───こちらの建物はもともと石井さんのおじいさんの家だったとお聞きしましたが、よく遊びに来ていたのですか?

石井なぎささん(以下、石井) この建物は1923年(大正12年)に曽祖父が建てた民家でした。東京に生まれ育った私は、小さい頃はおじいちゃんおばあちゃんの家として、正月に遊びに来ていたのですが、高校のときに引っ越してくることになったのです。この母屋の横に家を建てて住んでいました。

───どのようなきっかけで戻ってくることになったのですか?

石井 母屋はもう20年くらい空き家になっていたので、夫と話して東京から引っ越してこようかと。2017年のことでしたね。

殿塚建吾(以下、殿塚) 初めてご連絡をいただいてお会いしたのもその頃でしたね。

石井 そうですね。いわゆる古民家活用をしたいなと思って、いくつかの会社さんに相談をしていたのですが、なかなかうまく進まず。そんな時にとあるトークイベントに出られていて殿塚さんを知り、ご相談をさせていただきました。

───母屋を人が集まる場所にしたいという想いは、はじめからお持ちだったのですか?

石井 フレンチレストランとか、パン屋さんにお声がけしたりもしていたんですけど、全部貸してしまうのではなく、自分も何か関わりたいなと思うようになりまして。今は母屋の裏に住んでいるのですが、住みながら自分でも何かやりたいなと。

殿塚 ご相談いただいて初めてお伺いしたとき、立派な梁もそのまま残っていて、よくぞここまで残していただけたなと一人の松戸市民として嬉しく思いました。松戸でも取り壊されてしまう古民家がとても多く、僕たちも悔しい想いをよくしていますので。声をかけていただいて嬉しかったです。

───築100年近いですものね。その後は利用計画や内装のプランを進めていったのですか?

殿塚 それが、次にご連絡をいただいたときは「中身を決めまして、工事をします!」と(笑)。なので、僕たちは運営のお手伝いからさせていただくことになったんです。

石井 荷物がたくさんあったので、まず片付けていたのですが。片付けたら早くやりたくなってしまって(笑)。どのような方に使っていただくか決まっていないけど、空間は最低限整えたいなと。でも人を集めるといっても、どこから何をすればいいかわからず、改めてご相談をさせていただきました。

───物件の使い方って、普段どういうところから考えていくのですか?

殿塚 例えば、ここが代官山の駅前だったら何も悩まないですよね。建物の魅力はあっても、立地の特性を読むことが松戸では大切です。なので、一度複数のパターンで使ってみて、認知を広げる。その使い方を雛形として、興味を持ってくださった方と相談しながら料金やルールを決めていって、定期的に使ってくれる人を募集することが多いです。今回は最初にイベントを3回やらせてくださいと石井さんにお願いして、トークイベント、マルシェを企画しました。また、松戸のアーティスト・イン・レジデンス「PARADICE AIR」の滞在アーティストが企画したジャズライブにも会場提供を行いました。

石井 さすがだなと思いました。ここをまず知ってもらうためにイベントを3回もやるっていう発想ってすごいなと。

殿塚 そうしたらうちでも働いていた一人が、タイ料理屋さんをやりたいという話につながり、イベントスペースとして走り始めました。

───テストマーケティングとしてイベントを実施するのは面白いですね。その後はどのように決まっていったのでしょうか?

殿塚 その数ヶ月後に、亀吉農園さんという飲食店をやられている方が相談に来てくださったのですが、それまではイベントや発表会、忘年会などでスポットの利用が多かったですかね。駅から離れている立地もあって、定期的に使っていただくまでには時間がかかりましたね。

石井 omusubi不動産さんは松戸でもいくつもお店に関わられていましたし、たくさんつながりがあるので、お仲間の皆さんにここにも関わってくれたらいいなと思っていました。「科学と芸術の丘」のイベントをやってくださったり、いろいろな方を連れてきていただきました。

───石井さんご自身も母屋の裏にある蔵で「ギャラリー&カフェ 雨讀」を営まれていますよね。いつごろオープンされたのでしょうか?

石井 母屋の方が定期的に使っていただけるようになってからですかね。元々お米の蔵でして。ずっと夢だったというわけでも、経験があるわけでもないのですが、せっかく残っているし、こっちは自分でやってみるかという感じでした。2019年の5月にオープンをして、基本的には私が一人で店に立っています。

場を舞台として演出し育てていく


───オープンしてから、隠居屋はどんな場として育ってきていると感じますか?

殿塚 理想のかたちがあるとすると、正直まだそこまで行けていないなと思うのですが、単発のイベントも含めて、松戸ではこれまでなかったイベントや使い方がされる場所になってきています。珈琲音楽さんという方の企画で、曽我部恵一さんのライブ会場として使われたり、お笑い芸人さんのDVDジャケット撮影に使っていただいたり。結婚式を開いてくれた方もいました。この場所ならではの人の集まりが生まれてきています。

───徐々に軌道に乗ってきたところでコロナになり、マネージャーも引き継ぎとなっていったわけですね。岩澤さんが隠居屋のマネージャーになったのは、いつからですか?

岩澤哲野(以下、岩澤) 完全に引き継いだのは2021年の春頃からですね。コロナという状況の中で、居場所を失った人たちのスペースになっていたんだなって感じています。テイクアウト限定でパン屋さんが使ってくださったり、状況に合わせて、かたちを変えながら運営をしています。あとは、曽我部さんがライブをしてから音楽イベントの利用はすごく増えましたね。

殿塚 岩澤くんは演劇の企画や演出の仕事もしているので、人の感性に届くものを作り上げたりすることに長けています。それから、その人が持っている創造性を引き出すという才能もあると思っている。その演劇でやっていることを、この場所を舞台として捉えて発揮してくれているんです。

岩澤 いえいえ(笑)。この場が持っているパワーはやっぱり大きくて。SNSなどで内見の問い合わせがきて案内させていただくと、みなさん場の雰囲気に感動されてすぐに決まることが多いです。

───現在はどのように使われているのでしょうか?

岩澤 定期的な出店者さんでいうと、パン屋の佐藤ベーカリーさん、旅をテーマにスープやお菓子を出されるethnosさん、陶器とプリンを販売するMARUMONO−PUDDINGさんにご利用いただいています。(2022年10月現在はご卒業)あとは、石井さんのお知り合いで毎月のように利用されている方もいらっしゃいますね。

───石井さんとしては、数年運営してみていかがですか?

石井 人が集まって、いつも何かやっているような場所になったらいいなという気持ちはずっとあって。そういう意味では、徐々に自分が描いていたかたちになってきています。松戸がもっと楽しくなったらいいなとも思いますし、若い人が何かに挑戦できる場所を提供したいですね。

殿塚 お金のことを考えたら、他の使い方はいくらでもあると思うのですが、こういう想いを持ったオーナーさんと出会えるのは僕たちにとってもすごく嬉しいことです。

石井 自分がずっと暮らしていく中で、自分自身も楽しめる場所になったらいいなと思ったのが大きいです。全部貸しちゃうって思った時に、何かすごい寂しい気持ちになったので(笑)。ほんとにちょっとずつですけど、そうなっていってるのでほんとにありがたいですね。

古民家活用のモデルケースにするという約束


───現在の課題やこれからの展望についてお聞かせください。

岩澤 週末は埋まってきたのですが、平日も使ってくださる方がもう少し集まるといいですね。僕も演劇っていう文脈で作品を作ってきましたけれど、場所を作っていくということについて具体的な専門性があるわけじゃない。自分の持っているものをどうこの場所で還元できるのか。それと同時に石井さんが描いているいろんな人が集まる場所、まちのコミュニティみたいな場所としてどのようにかたちにしていくことができるのか。日々模索をしているところです。

石井 本当にお世話になってばかりですが、いろんな人が来てくれるのはすごくうれしいです。まだまだ一部の方にしか知られていないと思うので、もっと多くの方に知っていただき、いろんな使い方のアイデアが集まってくるといいなと思います。いずれ私がいなくなったとしても、場が続いていくような仕組みを作っていきたい。そのモデルケースになれるようにomusubi不動産さんとこれからも一緒に取り組んでいきたいです。

───立地が多少よくなくても、いいコンテンツをつくれば人は来てくれる時代になっている気がしますよね。むしろニッチな場所の方が気になって行きたくなるような気もします。

石井 私もこんな場所で人が来るのかと父に言われていたので、半信半疑でしたが、イベントを開催する中で、面白いものには人が集まることを実感しました。青森からライブに来てくださるくらいですからね(笑)。

殿塚 石井さんと出会った頃に、日本中の古民家オーナーがこの場所を真似できるようなモデルケースにしたいですねという話をしていたんです。その約束をまだ守れていないと思っています。場を継続させるためには、やっぱり経済性の部分を成立させるのが大切です。補修だったり、相続だったりの経済負担で、残したいけれど残せないという方はたくさんいます。町の文化や景観をつくってきた建物の経済的なリスクをオーナーさんだけが負うのってフェアじゃないとも感じていて。もっとみんなで協力しあえるといいですね。日本中の古民家を残せるような仕組みをomusubi不動産としても作っていきたいと考えています。


石井なぎさ
隠居屋 IN kyo-Ya
西東京市出身
武蔵野美術短期大学でデザインを、職業訓練校にて建築を学び、インテリアコーディネーター、建築士として活動。
子育て中は横浜の幼稚園で調理師として就業。
建築を学ぶ中で父の実家を再生することを思い立ち、建築、まちづくり、地域活動について多角的に情報を集める中、omusubi 不動産の殿塚氏と出会い、つながる古民家隠居屋をオープン。
同時に、松戸で地域活動をしている方々とのつながりを深め、地域の居場所としての子ども食堂を立ち上げる。
同じ敷地内の蔵でgallery &cafe 雨讀を経営。若きアーティスト、クリエイターを中心に個展やグループ展を企画、運営。

岩澤哲野
omusubi不動産 まちのコーディネーター/舞台演出家/theater apartment complex libido:代表。
1990年生/千葉県松戸市出身
学生時代に演劇にのめり込み、そのまま表現の道へ。20代の活動の中で色々な地域やまちに訪れたことがきっかけで、次の10年を地域の中から始めていきたいと思うようになり帰郷。同時に自身の演劇ユニットを集団化し、団体の拠点も松戸市に定める。松戸での活動を続けている中で、omusubi不動産の代表から「”まち”を舞台に演出してみないか」と声をかけられ、まちづくり事業にも参加。現在は、演劇とまちづくりのお仕事を通して、広く”場”の演出に奮闘中。
利賀演劇人コンクール2017にて優秀演出家賞(二席)を受賞。BeSeTo演劇祭2018(韓国開催)に日本代表として参加。百景社アトリエ・レジデンスアーティスト。

殿塚建吾
omusubi不動産代表/宅地建物取引士
1984年生/千葉県松戸市出身
中古マンションのリノベ会社、企業のCSRプランナーを経て、房総半島の古民家カフェ「ブラウンズフィールド」に居候し、自然な暮らしを学ぶ。震災後、地元・松戸に戻り、松戸駅前のまちづくりプロジェクト「MAD City」にて不動産事業の立ち上げをする。2014年4月に独立し、おこめをつくる不動産屋「omusubi不動産」を設立。築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」など多くのシェアアトリエを運営。空き家をDIY可能物件として扱い管理戸数は日本一。2018年より松戸市、アルス・エレクトロニカとの共同で国際アートフェス「科学と芸術の丘」を開催。2020年4月より下北沢BONUS TRACKに参画し、2号店を出店。田んぼをきっかけにした入居者との暮らしづくりに取り組んでいる。


Photo=Hajime Kato
Text=Takehiko Yanase


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