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星と107号室

 星屑を拾って大切にしておくと星の子が孵るらしい。数時間で孵るとも何ヶ月の間も変化がないだのいろいろなことが言われているが、真偽は定かではない。それくらい、やってみたという話は聞かなかった。インターネットで探してみても、図書館で調べてみても、記録は見てとれなかった。


 ではなぜ噂だけが流れているのだろう。都市伝説が流行したのと同じように、あるゲームの裏技を同級生たちがみな知っていたように。誰もが話を聞いたことがあるらしいけれど、出所は分からないみたいだ。


 しかし、実際に星屑から星の子を孵すことはあまり難しくなかった。拾った星屑を、いつかの宝物みたいに大事に机の引き出しに入れていた。そして、時々机の中から取り出してはそれを眺めていた。


 彼は人間の子供に似ているようだった。あるいは、人間の青年のようだった。僕らは彼の顔をきちんと認識できないようで、記述はどうしても曖昧になる。僕たちは彼の顔を見ているはずだけど、実際には彼に好きなものを見出していたのだと思う。


 彼の顔を思い出そうとしても、なぜか顔のあるべき部分には薄い光がかかっていて、どうにも上手くいかない。さらに言えば、顔だけではなく姿形や声にだって霧がかかっている。関わりの薄かった昔の同級生をうまく思い出せないみたいに。


 星の子は、僕たちとはかなり違った生物のようだった(生き物と呼んでいいのかはわからないけれど)。食べ物はおろか水すら口にしないでも不便はしないらしかった。僕が誘えば食事にも付き合ってくれるし、喫茶店でコーヒーを頼んでいることもあったが、それらは彼には不要なものだったのだと思う。ただ、味覚や好みは存在しているようで、さっぱりとしたものをよく選んでいた。

 

 彼との生活は心地よいものだった。他人との共同生活において起きるだろう問題の全ては僕らから縁遠いものだった。それくらい僕らの生活は穏やかで、静かで、満ち足りたものだった。

 

 彼の生活は徹底して物が必要なかった。考えるに空間だって必要なかったのかもしれない。そのぐらい僕の友人は人間離れしていた。彼がそこにいることを強く意識しない限り、視界に映っているのかすら分からない。星の光は、太陽の元ではあまりにも小さかった。


 彼の生活にある唯一の習慣は星を見ることぐらいだった。古いアパートから見える空はビル群に切り取られた小さなものだったけれど、そんな事は関係ないみたいだった。彼は毎晩(それがどんな天気の日であっても)空を見ていた。当然僕は彼に聞いてみた。

「いったい毎日何をそんなに眺めているの」

 彼は言った。

「星と話しているんだ」


 夜空の紺を隙間なく埋めている星々は目に見えない。しかしそれは、存在しないということではない。僕たちには見えないかもしれないけれど、彼の目には確かにそれらが映っていた。そして彼は、そんな星たちと確かに話をするのだった。それには長い時間を要することもあれば、すぐに終わることもあるようだった。ただ、日課をこなしているかに関わらず、彼は窓際にいることが多かった。そのために僕は、彼のために小さな椅子を買ってやった。


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