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福沢諭吉に学ぼう

 「学問のすすめ」は明治初期に書かれたものとは思えないくらい、中身が新しい。現代でも通用する啓発書だと言っていい。福沢諭吉は時代が大きく動くさなかにあって、いつも政権の近くにいて、いつでも主役にはならず脇役でいて、それでいて時代が変わるのに大きな影響を与えた。
 ところで、諭吉さんは本の中でけっこう毒吐いてますよ。「今と同じじゃん!」と感じる部分も所々あって、なかなか痛快です。

「学問のすゝめ」を読む

 福沢諭吉といえば、一万円札に載ってる例のおじさんだが、このたびはじめて「学問のすゝめ」を読んだ。
 この本、明治初期に書かれたものとは思えないくらい、中身が新しい。現代でも通用する啓発書である。今日は「何を、どのように勉強すればいいのか?」ということについて書かれた部分を、意訳付きで紹介しよう。

<初編>
(原文) 学問とは、ただむずかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言うにあらず。・・・
 されば今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。譬えば、いろは四十七文字を習い、手紙の文言、帳合いの仕方、算盤の稽古、天秤の取扱い等を心得、なおまた進んで学ぶべき箇条ははなはだ多し。地理学・・・究理学・・・歴史・・・経済学・・・修身学・・・。
 ・・・右は人間普通の実学にて、人たる者は貴賤上下の区別なく、みなことごとくたしなむべき心得なれば、この心得ありて後に、士農工商おのおのその分を尽くし、銘々の家業を営み、身も独立し、家も独立し、天下国家も独立すべきなり。
(意訳) 勉強って言ってもね、文学(古文・漢文・和歌・詩)なんかやっても無意味だよ。
 そんなもんより、読み・書き・そろばん、会計・測量みたいな実になる勉強しなきゃね。まだあるぞ。地理・物理・歴史・経済・倫理。
 こんなのがベースになきゃ世の中で使い物にならないの。みんなでしっかり勉強してさ、自分の仕事をしっかりやろうよ。みんなが自分の立場に応じてそうすりゃぁ、いい家庭が築けるし、立派な国になるんだぜ。

 ここでは「文学なんか要らない。他を勉強しろ」とはっきり言っている。そして「それを仕事に生かせ。みなそれぞれの立場に応じて」と言っている。
 それが「社会のためになる」ということだ。現代人の職業観としても十分いける。

<十二編>
(原文) 学問の要は活用にあるのみ。活用なき学問は無学に等し。
 ゆえに学問の本趣意は読書のみにあらずして、精神の働きにあり。・・・ オブセルウェーションとは事物を視察することなり。リーゾニングとは事物の道理を推究して自分の説を付くることなり。・・・ なおこのほかに書を読まざるべからず、書を著わさざるべからず、人と談話せざるべからず、人に向かいて言を述べざるべからず、この諸件の術を用い尽くしてはじめて学問を勉強する人と言うべし。すなわち視察、推究、読書はもって智見を集め、談話はもって智見を交易し、著書、演説はもって智見を散ずるの術なり。
(意訳) 勉強ってのはね、使ってナンボ、使わにゃムダ。
 知識ばっかり詰め込んでもダメだよ、頭を使うことがポイントさ。
 観察して、推理して、仮説を立てるの。他にはねぇ、書いて、話すこと。これらひっくるめて、勉強ってことなんよ。
 知識を集めるのも大事だけど、人と情報交換したり、人に伝えることも大事なんだよなぁ。

 すなわち、次のような流れが「学問=勉強」だと言っている。
知識 ⇒ 観察 ⇒ 仮説 ⇒ 交換 ⇒ 表現
 「勉強 = 知識」という狭い了見で考えている人も多いんだろうな。どこぞの学校の先生とか。

「学問のすゝめ」に通底する「小さな政府」論

 福沢諭吉の「学問のすゝめ」からの抜粋ならびに意訳です。今日は「国民と国家のあり方、産業や文化の為し方」に関する部分を紹介します。
 ところで、読んでみて思ったんですが、諭吉さんは本の中でけっこう毒吐いてますよ。「今と同じじゃん!」と感じるような部分も所々あって、なかなか痛快です。

<初編>
(原文) その分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。自由とわがままとの界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。
(意訳) 他人の邪魔さえしなきゃ何やってもいいぜ。それが自由だ! でもね、他人の邪魔だけは絶対するなよ。それじゃわがままになっちゃう。

<八編>
(原文) すなわちその分限とは、我もこの力を用い、他人もこの力を用いて、相互にその働きを妨げざるを言うなり。・・・これを人間の権義と言うなり。
(意訳) 自分も勝手に頑張る、他人も勝手に頑張る、でもお互いに邪魔しない。これを「権利」って言うんだ。

<五編>
(原文) 国の文明は上政府より起こるべからず、下小民より生ずべからず、必ずその中間より興りて衆庶の向かうところを示し、政府と並び立ちてはじめて成功を期すべきなり。
(意訳) 産業や文化が政府から始まるってことはありえない。庶民レベルから始まるってこともありえない。それが出来るのは民間のリーダーたちだけだ。

<五編>
(原文) この間に当たり政府の義務は、ただその事を妨げずして適宜に行なわれしめ、人心の向かうところを察してこれを保護するのみ。
(意訳) その間に国がやるべきことは、民間の邪魔をしないこと、国民の期待・希望を察して民間の活動を保護すること、それだけ。あとは何も要らない。

<五編>
(原文) 一国の人民あたかもその文明を私有し、これを競いこれを争い、これを羨みこれを誇り、国に一の美事あれば全国の人民手を拍ちて快と称し、ただ他国に先鞭を着けられんことを恐るるのみ。ゆえに文明の事物悉皆人民の気力を増すの具となり、一事一物も国の独立を助けざるものなし。その事情まさしくわが国の有様に相反すと言うも可なり。
(意訳) 国民が競争して、その成果を羨んだり誇ったり、みんなで拍手したり。それらがますます国民のやる気を引き出し、その過程すべてが国の力となる。とは言ってみたものの、今の日本の実際の姿とは正反対なんだけどね。

<六編>
(原文) 国民たる者は一人にて二人前の役目を勤むるがごとし。すなわちその一の役目は、自分の名代として政府を立て、一国中の悪人を取り押えて善人を保護することなり。その二の役目は、固く政府の約束を守りその法に従いて保護を受くることなり。
(意訳) 国民の立場には2つの面がある。1つは、悪がはびこらないように、同時に善を保護するために自分たちの代表として政府を作ること。もう1つは、法律や政府の指示を守って、保護を受けること。

<六編>
(原文) ゆえに政府にて法を立つるは勉めて簡なるを良とす。すでにこれを定めて法となすうえは必ず厳にその趣意を達せざるべからず。
(意訳) だから、法律はシンプルな方がいい。そして作ったからには、厳格に運用するべきだ。(細かいルールをたくさん決めて、なぁなぁで運用するのは最低)

<四編>
(原文) 今の政府は官員の多きを患うるなり。事を簡にして官員を減ずれば、その事務はよく整理してその人員は世間の用をなすべし、一挙して両得なり。
(意訳) 今の政府は人が多すぎる。役人の数を減らせば、仕事も進むし、余った人は民間で活躍できる。そうすれば良いことだらけなのにね。

<四編>
(原文) もし官の事務易くしてその利益私の営業よりも多きことあらば、すなわちその利益は働きの実に過ぎたるものと言うべし。実に過ぐるの利を貪るは君子のなさざるところなり。
(意訳) 民間より役人の方が仕事が楽で給料が多いってことは、役人連中は税金泥棒と同じってことだ。

<五編>
(原文) おおよそ世間の事物、進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。 進まず退かずして潴滞する者はあるべからざるの理なり。
(意訳) 企業も市場も個人も、世の中のあらゆるものは良くなるかダメになるかどっちかで、変わらないものなんて何一つ無いんだよ。

 現代人にとっても働き方、役割の果たし方、ひいては生き方の指針になる、と私は思うんですよねぇ。

「福翁自伝」を読む

 「福爺自伝」を読んだ。「福沢諭吉の目線でNHK大河ドラマをやったらおもしろいだろうな」と思った。
 諭吉が生きていたのは幕末から明治にかけて。時代が大きく動くさなかにあって、いつも政権の近くにいて、いつでも主役にはならず脇役でいて、それでいて時代が変わるのに大きな影響を与えた。

◇ 子どもの頃は封建的なしきたりを嫌い、田舎を嫌って、故郷を離れることばかりを考えた。→ その後も故郷にはほとんど帰らず。
◇ 青年期には長崎へ、そして大阪へ、さらに江戸へと生活の場を移しながら、学んだ。
→ 今の学生以上にハチャメチャなこともやり、今の学生よりよっぽど勉強した。
◇ 語学力を訴えて、あるいは頼み込んで、アメリカ・ヨーロッパ行きの船に乗り込んだ。
→ 外国に行きたいという想い、何でも見てやろうという好奇心は異様に強かった。
◇ 幕府に翻訳・通訳者として雇われ、機密文書に触れ、世界の動向を知った。
→ 政治的な口出しをした様子は無いが、「開国するべきだ」 という想いは強くなるばかり。
◇ 幕末の動乱期には暗殺される恐れもあったので、家にこもってひたすら洋書を翻訳した。
→ それまでの日本に無かった言葉(経済、社会、競争など)を作りながらの作業だった。
◇ 明治政府から役人になるよう誘われたが、興味示さず。
→ そのくせ明治政府への批判・おちょくり・悪口は勢いがいい。
◇ 日本史上初めて、学生から授業料をとった。
→ その考え方もまた彼が洋書から学び、実践を通して日本に伝えたものだった。

 同時代に活躍した龍馬や松陰や新撰組に比べて地味と言えば地味なんだが、
  ◇ ちょっと離れた位置から国内情勢を冷静に見る目線
  ◇ 書物や外交文書を通して想像力を働かせながら世界情勢を見る目線
  ◇ 人が何を学び見につけるかを考え説く際に未来を見る目線
そういう目線で幕末から維新の時代を見るのもおもしろいだろうな、と思った次第である。

◇      ◇      ◇

読書は大事、だけど感想文は要らない
▷ 福沢諭吉に学ぼう    
▷ 絵本「おさる日記」を読む
▷ 娘の読書感想文に驚いた 
▷ 文脈を取れない人    

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