shun君との夢小説

友人が体調を崩したらしい。元々どこに行こうという約束もなくただ会ってお喋りするだけだったので純粋に、お大事に、また今度会おう、と思ってそのままの旨で連絡をしたのだが友人は「代わりの人を立てたから当日は彼と遊んでほしい」と奇妙な返信をしてきた。

休日に予定がぽっかりと空くことにそこまで頓着はなくむしろ友人の友人と会うことの方が気後れするので、そんなに気を遣わなくていいと改めて友人に返信をしたのだが、友人はLINE上でも微かに感じる確かな熱量をもって「いや、俺が君と彼と遊んでほしいと思っているんだ。君も彼を気に入ると思う」と送ってきたので、結局はその勢いに負けて次の休みの日に友人の友人と会う約束を取り付けたのだった。

友人の友人はshun君だった。待ち合わせの京王線笹塚駅の改札に彼は現れた。shun君と言えばゲイのイベントにおいて多くの看板を飾っているあのGOGOボーイのshun君だ。

低すぎず高すぎもしない身長ながらも体の全体が満遍なく鍛えられているからか周りの人間と比べると一回りも二回りも体が大きく感じ、改札を通る姿はどうにも窮屈なように感じる。しかし大柄ながらもそこまで圧力を感じないのは圧倒的プロポーションを感じる顔の小ささと柔和な表情のせいだろう。服装は仕立ての良いポロシャツとそれに合わせた色味の短パン、スニーカーであり、その出で立ちはファッションに疎い俺から見ても彼を引き立てる為に選ばれたということがありありと分かる。

彼が改札からこちらに来るまでの間であっても彼の鍛えられた前腕、二の腕、胸板、は魅力的で俺は思わず視線でそれらを追わずにはいられない。途端に腰のあたりに熱いものを感じるが、しかし見惚れているばかりでもいけない。これから俺は彼とのコミュニケーションを取らねばならないのだ。

「こ、こんにちは。お話は聞いていると思いますが今日はよろしくお願いします!」

俺が彼を前に頭を下げると、頭の前にスッと手が伸びてくる気配がした。握手だ。

「あ、ど、どうも。」

ぎこちないながらも握手を返す。彼は柔和な表情を変えないまま目だけで俺に挨拶を返す。奇妙な状況だが彼がこの状況に戸惑っている様子はないようでとりあえずこちらも安堵する。

ここからの行動は特に決めていない。待ち合わせ場所を笹塚に指定したのは友人なのだがその意図は結局のところ分からなかった。
改札前の往来を気にして彼が通路の端に寄る。俺も後に続きながらとりあえずの会話を試みる。

「shun君はどこか行きたいところとかありますか?」

ははは、と笑いかけながら聞いてみる。彼の前に立っているだけで実のところ頭が沸騰しそうなほど張りつめている。それは友人の代理としていきなりshun君が現れた驚きもそうだが、彼に近づいた瞬間からなにか甘い匂いが鼻をくすぐりその柔らかながらも逞しい匂いに本当はここが笹塚の改札前ではなかったら彼の体に顔をうずめたいと強く思ってしまう誘惑と戦っているせいでもある。今夏の太陽も灼熱で人の頭をおかしくさせているが、彼の存在はまるで温かな日差しのようだがそれはそれで人の頭をおかしくさせてしまうほどの強い何かを持っていると感じられた。

俺に問いかけられたshun君は少し困ったような顔をしてしかし顔の頬笑は崩さぬまま首を少し横に傾げた。
伝わっていないのだろうか。俺の活舌が悪いせいだろうか。少し悩んだのちに口から言葉がついて出た。

「あー、ウェアドゥーユーウォントゥーゴー?」

たどたどしい英語で話しかけてみる。彼には英語の方が伝わる、なぜだか分からないがそういった確信が俺の中にあった。
shun君は数瞬迷った表情をした後、口を少しだけ開いて発音をした。

「Far away」

まるで風切り音にも似た短い言葉だったが確かに聞こえた。遠くへ。俺たちは改札をまたくぐり新宿とは逆方向の高尾山口と書かれている電車に乗り込んだ。

休日とはいえお昼を少し過ぎたあたりの高尾山口行きの電車には人もまばらなようだった。3人分の座席が空いているところを見つけ、俺が座席の端にその隣にshun君が座る。体の大きい彼だから少し感覚を開けて広めに座ろうと思っていたがshun君は人もあまりいない車中であっても1人分の座席をしっかり守り、足を閉じ腕を体の前で交差して窮屈そうながらもすっぽりと収まっている。しかしそうなると端に座る俺は当然shun君との体の距離も近くなるわけでshun君に少し寄っただけで彼の匂いにノックアウトされそうになっていたのにここまで接近していては、もはや早鐘を打つ心臓の音を隠そうと彼とは逆の方に顔を向けて押し黙ってしまう。

京王線のベロア生地の座席は体温の高いshun君との密着と緊張でさらに熱く感じ、べっとりとした自分の汗が体を伝っていないか心配になる。ちらとshun君を見ると彼は車窓の眺めを目で追って楽しんでいるようだった。微笑を崩さぬまま彼は駅と駅の間にある何気ない日常の風景を一寸も漏らさぬとするかのように顔を上げ続けている。
俺も彼に倣い街を眺める。明大前を過ぎ、仙川を過ぎ、調布を過ぎる。ここは未だ東京ながらも都心の喧騒からは離れ、心地よい走行音と車窓に切り取られた景色はまるで落ち着いたフランス映画を見ているかのように錯覚してくる。先ほどまで燃えるような熱さを感じていた体も今は空調に冷やされ、窓から差し込む日差しは真夏日とは思えないほど豊潤な温かさを持った日差しに変化していていつまでも触りたくなってしまう。

shun君といるという状況に脳が少し落ち着いてきた気がする。俺は電車の行先を考える余裕が生まれてどこで降りようかと思案する。電車が多摩川に差し掛かったあたりで思いついた。

「高幡不動尊に行きましょう。」

彼はまた柔らかい表情をこちらに向ける。続く言葉はない。

「タカハタドントムーブ…、えー、ゴッド。タカハタドントムーブゴッドにウィルゴー。」

彼は同じ表情のままにまぶたをわずかに閉じる。そしてまた小さく口を開けて短い言葉を言う。

「Sure」

良かった。降りるまでの少しの間、彼との静かな時間を楽しんだ。

続く(続きません)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?