2023/08/04

仕事でよく江の島に行くのだが、行く度に同じラーメン屋さんで昼食をとっている。江の島は観光地なので探せば色んな食べ物屋さんがあるのだろうがそこの塩ラーメンが気に入って通っているのだ。
そこで働く初老のおばあちゃんは俺が水を飲むたびに水差しで水を注ぎに来てくれて、おばあちゃんそんなに水を注ぎに来なくていいよと申し訳なくなってしまう。こんなルッキズムに支配された醜くて自分の幸せがなにかも分かっていない鼠野郎の俺なんて自分で水を注ぎますから…と思ってしまうし、事実こうやって万人に慈愛を振りまくことでいつか人間は壊れてしまうはずなのだ。人に尽くすだけの戦いは絶対に負ける戦いであって、つまりこのおばあちゃんもいつか壊れるかそれともとっくの昔に壊れて狂っているのかもしれない。狂ったおばあちゃんが水を頻繁に注ぎに来てくれるラーメン屋、美味しいのでおススメです。江の島行かれた際は探してみてください。

江の島の海と言えば、スラムダンクのEDのイメージでキラッキラに光っているイメージがあるが実際に見てみると結構汚い。日本海側の海は綺麗で太平洋側は汚いとか言うが、あれは本当なのかもしれない。というか夏の海は総じて汚い。真に美しいのは静謐を保った冬の海だけである。海に行くと毎回ルネシティの事を思い出すのはきっと俺だけではないはずだ。ルネシティの事を思い出すとニビシティの事を思い出すのはきっと俺だけで、高校が2-Bだったのだがその時のクラス目標が「ニビシティ~木の温もり~」だった。俺が学生時代に唯一褒められたことと言えばこのクラス目標大喜利を制した時くらいだ。俺の高校時代はニビシティで完結している。

ルネシティの話だった。ルネシティは知っている人も多いだろうがポケモンルビー・サファイアに出てくる街の名前で周囲がカルデラの白い岩で囲まれていてその中心が窪んでいてそこに街がある。周囲が断崖なせいで街に侵入するにはダイビングで潜って行くかそらをとぶで空中から侵入するしかない。作中では「水の都」などと言われていたが、俺からみればあんなのは息苦しい棺桶のような島である。

最近、読書会で三浦しをんの「白い蛇眠る島」という本を読んでその本も拝島と呼ばれる離れ小島で「奥」と呼ばれる限界集落に居心地の悪さを感じる少年が描かれていたのだが、きっとルネシティに住む若者も同じことを思うのだろう、と遠目には日光を反射し美しく光る太平洋を見て思う。若者にとって娯楽もプライバシーもない島はきっと地獄そのもので、日々には生活だけが横たわっているが自分が将来この島で生きている想像だけはずっと出来ないまま、しかし限界集落として死だけはありありと想像できる環境で自分が死ぬ想像だけは容易くできてしまう。観光客はこんな綺麗なところいつか住みたいよね、と口々に言うが外から来た人間と内に住む人間には決定的に何か違う。劣等感と優越感がまぜこぜになって、けど海だけは綺麗でそれがとことん気持ち悪くなってしまうのだ。逃げ出したい。こんなところ早く逃げ出してミナモシティで同じ海を別の気持ちで見たい。けど、代々の墓、親たちを守っていかなければいけない環境でそんな思い切りもできるはずがない。ペリッパーに乗ってそらをとべばすぐに出て行けるはずなのにカルデアの白い岩が高く切り立っていて自分自身が物凄く小さな存在に見える。諦めを決め込んだ自分が気持ちよくなれるのは同じく諦めを決めた人間に慰めをかける時だけで、だから俺はきっとこの島から誰も出ていかないように目を光らせる。何物にもなれない自分が何者かになろうとしている人間の足を引っ張ることだけはあってはならないと頭では分かっているが、寂しいから置いていかないで欲しいからきっと俺は誰かの邪魔をしてしまうのだろうな。

そこまで考えたところで注文していた塩ラーメンが運ばれてきた。このおばあちゃんはずっとここで塩ラーメンを運んでいるのだろうか。もう狂ってしまって何も分からなくって諦めとかそんなのも無くなって自分をこの街の背景に溶け込ませているだけなのだろうか。少し水に口をつけるとまたおばあちゃんがすぐに水を注いでくれる。いいよ、おばあちゃんまだ注がなくて。俺だってそんな施されるような立派な人間じゃないしさ。俺も田舎が嫌で東京に出てきたけど、俺は島から出てきた側の人間だけどその代わりに色んなものを元いた場所に置いてきてしまった。ゲイとして生きるなんて若いうちは表面的な事しか見えてなかったけど、どこで生きるにしても1人で生きていることは変わらなかった。いつか置いてきてしまったものとその結果得たものを比べてしまう時が来る。その時俺は振り切った過去を惜しむのだろうか。得たものの少なさに嘆くのだろうか。分からないけれど後悔はきっとしてしまうだろう。それだけは分かるのだ。

ラーメンに口をつけるとなんだかいつもよりしょっぱい気がして、海のせいかなと意味の分からないことを思ったりした。

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