同じゲイレベルの人との恋愛

「今どこですか?僕結構早く着いちゃいました(緑のゲロ)」

約束の時間までまだ20分もあるのに彼は催促のLINEをよこしてきた。俺は一度も会ったこともない年下の男にやんわりと急かされている。

「今代々木だからあと10分くらいかな。イケメンを待たせるなんて申し訳ない。」
「ほんとですよ(グラサン)」

東京都新宿区新宿の18時50分。朝から雨が降ったり止んだりを繰り返す秋時雨。人が溢れかえる東口。ライオン像の前に彼の姿を見つけた。
会うのは初めてだが、お互い顔は知っているのですぐ見つけることができた。彼は人混みの中でイヤホンをして退屈そうにスマホを見ている。
目前まで迫った冬に備えるように街行く人はジャケットを着たり薄手のコートに身を包んでいるが、彼はこの季節でも半袖短パンスタイルのようだ。しかし鍛えられた筋肉がそれを映えさせており、この季節の中でも彼を見て寒そうとは思わない。

彼の横に立ち、時計をトントンと叩いて見せる。約束の時間前に来たよ、と健気にアピールする為だ。
彼は不審そうな顔でこちらを一瞥し、ゆっくりとした動作でイヤホンを外している。

「初めまして。お待たせしました。」
「それなりに待ちましたよ。初めまして。」
「今日はインスタで上げてた時計してないんだね。あの高そうな時計。」
「あれとは別のやつしてます。こっちの方が実は気に入ってるので。」

コミュニケーションが始まる。

「実は30分も前に来てたんですよ。あまりに早く着いたのでスタバでも行こうかと思ったんですけど、今日はビール飲みたい気分なんで大人しくここで待ってたんです。あなたがもし定刻通りに来ていたら30分も待つことになってましたよ。僕は30分も人を待ったことはないんです。」

この男は何を言ってるのだろう。

「今の登場の仕方、なんかおじさん臭いですよね。そういうおじさん見たことあります。」
「おじさんとよく遊んでるんだ?」
「僕、結構人気者なんですよ。」
「だろうね。」
「そんなことよりお店行きましょうよ。お腹減ったんですよね。お店どこですか?靴が濡れるの嫌なので遠いならタクシー乗りましょうよ。」
「よく喋るね。処理が追いつかないよ。とにかく俺はあの高そうな時計見れなくて残念だよ。」

彼はいわゆるGOGOモデルというやつで、歳はまだ23歳とのこと。いつ働いてるかもどれくらい稼いでるかも分からないが、SNSを見る限りいつも遊びまわっており、恐らくどこかのお金持ちのお子さんだろうという憶測が飛び交っている。
鍛えられた前腕と厚みのある胸板、恵まれたゲイ受け抜群の顔立ちを持ち、軽く自撮りを上げるだけで1000いいねはいくであろう実力の持ち主だ。
東京には多くのゲイがいるが、恐らく上位1%に入るほどの人気を誇るだろう。
俺の顔の評価が60点だとしたら、彼は…うーん、100億点?
彼とはDMでやり取りをして1年ほどになるが、会うのは初めてだった。彼の方が圧倒的にタイミングが合わないことが多かったが、俺に彼ほどのモテ人間に会う勇気がなかったのもこのリアルを遅らせた理由の一つだろう。

「傘持ってます?迷惑じゃなかったらこれ使って下さい。僕はこの人の傘に入れてもらうので。」

彼は持っていたビニール傘を隣に立っていた女の子に渡し、俺と相合傘で歩く。デカい男2人が2人とも濡れないように歩くのは無理のある傘の大きさだったので、傘は彼の方に傾けながら歩く。昔見た漫画に同じようなシーンがあったなと思ったが、平成生まれの彼は絶対知らないだろうし、言葉にするのはやめた。

「傘、あげるんだね。優しいじゃん。」
「あの人、僕より前から待ってたんですよね。小雨とは言え寒いでしょうし、ちゃんと迎えが来た僕は彼女に傘を渡す必要があると思うんですよ。それにビニール傘は好きじゃないんですよね。いかにも量産品って感じで。」

生意気なのか気遣いが出来るのかよく分からない男だ。ボンボンだけど親の教育はしっかりしてたんだろうか、などと思ってしまう。

「よく分かんないけど、上から目線って事は伝わった。」
「さっきまでは対等でした。そんなことよりあと100メートル歩いて着かなかったらタクシー呼びましょう。」

「はいはい。」
そう言っている間に目指していた和食屋さんに着いた。普段のリアルで使う店より高級な店だ。
舌が肥えていそうな彼に合わせてセレクトした店だ。たまのリアルに上質な食事をするのも悪くはないだろう。

「この店、エロいですね。」
席に着くなり彼はグイッと顔を近づけて小声で言ってきた。外では気づかなかったがほんのり香水の香りがする。思わずずっと嗅いでいたくなる。

「なにが?」
「カウンター見てくださいよ。明らかに不倫してそうな男女が3組。男同士で来てるの僕たちだけですよ。僕たちはカップルに見えるんですかね。まさか僕たちがゲイだとは思わないんでしょうね。お金持ちの人って意外と視野狭いですから。」
「まさかSNSで出会った同士とも思わないだろうね。こういうとこに1番似合わない言葉だからね、SNSって。」
「SNSで出会うのって良いと思うんですけどね。ツイッターとかインスタってその人の人間性出るじゃないですか。言葉の選び方、写真の撮り方、他人との距離感、更新頻度、センス。その人間性がモロに出ている同士が「会いましょう」ってなるのって職場とかの上辺の関係よりよっぽど土台がある状態だと思うんですよね。今日だって俺のこと生意気とか思いました?けど、SNSで長い間やり取りしているあなただからこそ素の自分が出せるんですよ。」

彼はよく喋り、よく食べ、よく飲み、よく質問してきた。他人との距離感を良い意味で考えていない。若いからと侮っていたが、それなりの思慮を持って世の中を見ていた。きっと彼は彼なりの苦労を以て男との出会いを繰り返しているのだろう。

店を出るともう22時を回っていた。随分と長居をしてしまった。二軒目という選択肢もあったが、彼が今日はもう解散しようというのでその通りにした。

「僕、実は新宿に住んでるんですよ。結構酔ってるんで家まで送ってくださいよ。僕が部屋に入って鍵を閉めるとこまで確認して下さい。SEXはしないですよ。」
「OK。」

実際、SEX出来るとは思っていない。本当にカッコいい男性を目の前にすると俺は性欲よりも緊張が上回ってしまう性質だ。
タクシーに乗り、彼が運転手に行き先を告げる。相変わらず彼が働いてるかも分からなかったが、俺のマンションより家賃が高いのは明らかな立地だった。

「アイス食べたいですよね。スーパーとかガリガリとかって感じじゃない、特別な日に食べるような。クリーミーなやつが食べたいですよね。」
「ハーゲンダッツって言えばいいよ。」

マンションの隣にあるコンビニでハーゲンダッツを数種類。あと彼は本当にそれなりに酔っていそうだったので水も一緒に買った。
彼のマンションは予想通り立派だった。エントランスに高そうなソファーが置いてある。カリモクとかその辺のだろう。ここに一人暮らしをしているらしい。
オートロックの前でコンビニの袋を渡そうとすると、

「部屋までついてきてくださいよ。」
「そうだった。鍵を閉めるのを確認するんだった。まるで生娘みたいだね。」
「これでも良いとこの生まれなんですよ。」

本当に親がお金持ちらしい。彼の住む12階まで上がるエレベーターでの無言の時間が長く感じた。部屋のドアの前で改めてコンビニ袋を渡す。

「じゃあ。ありがとうございました。また遊びましょう。」

彼が部屋に入るのを見送る。リアルが終わる。俺がこの部屋の奥を見ることはあるんだろうか。次があれば、見るのだろうか。次は、あるのだらうか。
ところで、

鍵が一向に閉まらない。ガチャリ、という音が聞こえない。

(え?何?どういうこと?)

ドアノブを見つめること以外何も出来ない俺はただ待つのみで、きっと間抜けな顔をしているだろう。
ほんとは10秒かもしかしたら1分か、さっきのエレベーターの何倍も長く時間を感じた。
混乱していたら、ドアノブが回った。

「どうした」
言い終わらない内に彼は手を大きく広げて俺に抱きついた。香水と少しばかりの汗が混じったフェロモンを感じた。彼の吐息が耳にかかった。

「今日はありがとうございました。次はいつですか?そっちから誘って下さいね。」
「うん。」

間抜けな声で返事をするのが精一杯だった。

「じゃあ。おやすみなさい。」

彼はニコッと微笑んでドアを閉める。鍵をかける音が小さく響いた。

「悪魔だ…」
閉ざされたドアに向かって蚊の鳴くような声で呟いた。
彼は悪魔だ。ゲイを虜にするゲイの悪魔。なんだ最後のハグは。あんな立ち振る舞いが許されるのか。金持ちはよくする挨拶なのか。
早く、退散しろ。これ以上は危険だ。本能が訴えかけてくる。
正直、手に負えない。年収が5千万円あるとか、フォロワーが1万人以上いるとか、そんなレベルじゃないと太刀打ちできない。
自分の男としての、雄としての限界を見せられた気がした。
恋愛と喧嘩は同じレベルの人間同士でしか成立しない、そんな言葉が思い出された。

外に出ると彼のマンションは冷たく俺を見下ろしていた。今やラスボスの城に見えてくる。
タクシーを拾い、彼の香りと逞しい腕を思い出しながら深いため息をつく。
スマホを取り出すと、彼からのDMが来ていた。

「ごちそうさまでした。大変楽しかったです。次はいつですか?(目がハート)」

追い討ちをかけてきた。もう俺は死んだ。しかし心地いい。安らかに死ねるだろう。
俺たちには俺たちの恋愛がある。俺たちとは誰のことか分からないが、それは、俺に合うレベルの人との普通の恋愛だ。俺に合うレベル、普通の恋愛とはなんだろう。
こういう考えに至って初めて彼のことを考えた。圧倒的ハイレベルにある彼は俺以外の人間がいるだろう。けど、世の中俺みたいな人ばかりだったら彼はどうなるんだろう。
この先の事は考えないようにして、彼のDMに「予定分かったら言うね」とだけ返した。

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