リアルした相手を殺した

1809036。趣味は映画鑑賞とお酒。中野区住みで愛犬のチワワ1匹と2人暮らし。ポジションはリバで目的はその他募集。元ラグビー部で根は真面目だが人見知りしがち。写真には短髪ソフトモヒカンを刈り上げたばかりであろう時の自撮り写真と少しばかりの胸筋が映えている上裸画像を載せていて、名前はゆーたと表記している。
プロフィール画面でなに一つ面白い要素のない人間がよくも自信満々に「マッチングありがとうございます!僕とやりたいことを選んでください!1.飲み 2.エッチw 3.添い寝 4.メッセージ」などと送ってこれるものだ。元ラグビー部っていつの話だよ。犬をダシにして自宅に誘い込んだりするのだろうか。エッチと添い寝はほぼ一緒だろ。様々な悪口が浮かんだがここでうだうだ言っていても自分の出会いの可能性を狭めるだけなので一旦そういった偏見は捨ててメッセージをしてみることにした。

「こんにちは。こちらこそマッチングありがとうございます。」
「こんにちは!いえいえこちらこそ!」
「メッセージしたいのですがよろしいですか?」
「はい!ぜひぜひ!」
「趣味は映画鑑賞ということですが、普段どんな映画を見られているんですか?」
「アニメ映画ですかねww鬼滅とかww」
「鬼滅面白いですよね。俺は珠世さんが好きです。」
「誰ですっけ?ww僕は煉獄さんです!www」
「マイナーキャラなので...すいません。ゆーたさんは彼氏とかいらっしゃるんですか?」
「いえまぁいないです!」
「今は彼氏を募集されていないのですか?」
「今はしてないですねww良かったら今度会いませんか?ww」
「大丈夫ですよ。俺は土日休みで来週は空いてます。」
「僕はシフト制で不定休なので土日は無理ですねwww今週の金曜はどうですか?」
「仕事終わりなら可能です。」
「じゃあそれで!18時くらいに新宿で!」
「了解です。よろしくお願いします。」

ワガママな男という印象だ。メッセージから判断される危険度では☆5つ。かなり危険な臭いのするリアルではあるがこれはこれで綺麗な流れでリアルに着地したと言える。俺は週末にシコってもらえれば誰でもいいので彼から感じるマイルドな香ばしさを俺は見て見ぬふりをすると決めた。

新宿の東口で待ち合わせすると言っても改札なのか地下出口なのか地上入口なのか全く分からないのが問題である。本当に根が真面目な人間は待ち合わせ場所に東口などと言う曖昧な表現は使わないだろう。外はまだ初夏とはいえジメジメとした蒸し暑さが続いているが、分かりやすいところで待っていようと思い地上東口のライオン像の前で元ラグビー部ゆーたを待つ。18時待ち合わせのはずだが見渡す限りそのような人物は見当たらないので、自分の場所をメッセージで伝えて道行く人をぼうっと眺める。コロナワクチンは毒、現政権は糞、へアメイクアップアーティストでタレントのIKKOこと豊田一幸は2017年10月24日~10月28日の間に全くの他人と入れ替わっている、などというデモが大きく聞こえてくる。デモの主張が一巡したあたりでゆーたは現れた。彼はいきなり目の前に現れその体で俺の視界の3/4程を覆い隠した。確かに元ラグビー部ということもありそれなりの肩幅、背中の大きさをしている。

「すいません。待ちましたか?」
「はい。それなりに。」
「え?なんですか?」
「いえ、どこかご飯でも食べに行きますか?」
「え?すいません、もう一回。」
「どこか、ご飯でも、食べに行きますか?!」
「ああ、すいません。じゃあとりあえず歩きましょうか。」

デモの声が大きすぎて相手の声が聞こえづらい。新宿駅東口は全く待ち合わせ場所に向いていない。彼も話が纏まらないうちに一人でに歩きだしてしまう。先に歩き始める大柄な男についていくように俺も歩き出した。
適当な雑談を交わしつつ新宿の街を歩いているがどこに向かっているかは全く分からない。男は身長180センチを謳っていたがどうみても170センチ台であるし、雑談の内容も多くは最近会ったゲイの愚痴である。不安感ばかり募る材料が揃いつつあるがこういった人間が特別珍しい訳でもないし、人とのコミュニケーションは難しいのでその手法に一々口を出す資格を俺が持っているわけでもない。雑多な街を横切りながら店の多さ、客引きの無理さ、騒ぐ若者のキモさを彼の背中を使って3/4程隠しながら歩くと自然と彼の話も気にならなくなる。

あくまで「ちょっと通るだけですよ。」という顔をしながら彼の足は歌舞伎町の奥の方を目指していた。そしてあからさまにラブホテルといった外見の建物の前で足を止めると「疲れたんでちょっと休憩していきません?」と今日初めて見る笑顔で言った。

「ここラブホテルですよね?」
「いやそうだけど。ここはご飯も美味しんだよ。」
「何が美味しんですか?」
「ガスパチョとか。」

ガスパチョ?ラブホテルでガスパチョ?それはそれで惹かれるものがある。しかしここはどうみてもセクースラブインハウスであり、ここに入るということはつまりそういうことだろう。

「じゃあ入りますか。」

彼はまるで後ろを省みることはなく一人で先に入って行ってしまう。俺はただそれを後ろからついていきエレベーターに乗り部屋に入った。
部屋に入るやいなや彼は「ちょっと汗かいて臭いから風呂入るね。」と言い服を脱ぎだした。臭いのは確かにそうで是非どうぞという感じだったので、表情でお先にどうぞと促し彼はバスルームへと消えた。部屋の奥にある大きなベッドにどっかりと座り上を見上げると天井は鏡張りになっていた。今からここでSEXをするのか。SEX中に鏡で自分の姿が見えるのはどうなんだろうか。服を剥いた俺の姿はまるで丸鶏だろう。丸鶏とのSEXは楽しいのだろうか。ガスパチョってなんやねん。俺はルームサービスのメニューを見てみるもガスパチョの文字は見当たらない。どういう嘘なんだ。俺はとりあえずロビーにポテトを注文しまた部屋を見渡す作業に戻る。
入り口近くには彼のかばんが置いてある。妙にデカい。なにが入っているのだろうか。開けてみる。モバイルバッテリー、折りたたみ傘、書類でパンパンのクリアファイル、ローション、ゴム、乾燥させた何らかの植物が砕かれジップロックに入れられている。あとは伊右衛門、財布、電卓、カバンの一番奥底には拳銃が入っていた。拳銃の弾倉を確認すると数発入っているようだ。俺は拳銃をカバンから取り出しベッドの下に置いた。カバン見てゴメン。とりあえず謝ってあとは元に戻しておいた。

一見人畜無害に見えたあの男も麻薬と拳銃を持ち歩いていると分かるとなぜだかとても魅力的に思えてきた。9モンのプロフィール画面に書かれている情報など所詮人間の一側面に過ぎず、人間とは自分の知らない多くの面を持ち合わす多面的な生き物だと思い直す。こういった多面性が見せる意外性が俺の人への興味を保たせてくれる。
バスルームへの扉をちらと見るとまだシャワーが流れる音が聞こえる。興味本位でなんとなく扉を開けると彼は浴室の前で裸になり立ち尽くしていた。

「ひっ。」
「どうしました?」
「いや、入っているものだと思ったので。」
「いや、まだシャワーからお湯出てるか分からなくて。まだ水かもしれないと思ったら触るのすら怖いんですよね。」
「もう流石にお湯じゃないんですか?湯気もたってますし。」
「ああ、そうですね。それで、なんでこっち来たんですか?」
「いや、なんとなく。覗こうかと思って。」
「覗かないでくださいよ。覗かれるの嫌いなんですよ。一方的になにかされるっていうことが嫌いです。」
「はぁ、そうですか。すいません。失礼しました。」

覗かれるの嫌いなのかよ。こういう場だったら一緒に入る?とか聞くだろ。なんなんだ一体。臭いな、ほんとに臭い。汗の臭いもあるがそれ以外の臭いもした。なんだろう、なにか、鉄のような、そんな臭いだ。

しばらくすると彼はバスローブを着て戻ってきて、ベッドに座っていた俺の隣にどっかりと座った。

「君も入ってきたら?」
「大麻やってるんですか?」
「え?なんで?」
「なんとなくです。匂い?ですかね。」
「まいったな。鼻良いんだね。」
「どうなんですか?」
「え?」
「そういう違法なことするのってどんな気持ちなんですか?」
「え、そうだな。うーん、特に考えてないかな。別に気持ちよければいいし、儲かれば嬉しいしさ。」
「罪の意識とかは?」
「ないよ。最初はあったかもしれないけど忘れちゃったな。こういうのって麻痺してくるんだ。まぁいいやって。それに罪の意識なんて一生持つのは辛すぎるでしょ。」
「そういうものなんですね。」
「そういうものだよ。」
彼はそのまま後ろに倒れて仰向けになった。風呂上がりの蒸気が彼の体を包みエアコンの効きすぎた部屋の中で陽だまりのような温かさをもっていた。一指し指で彼の顔に触れてみる。彼は何も言わない。そのまま彼に触れる指の本数を増やしていきやがて掌全体で彼の顔を包む。手の平で彼の呼吸を感じる。寝ているわけではないらしい。そのまま顔から手を下げていく。首、胸、腹、おへそ、そしてバスローブ越しに彼の陰部に触れそうになった時彼が突然口を開いた。

「俺、彼氏いるんだよね。」
「なんで今言うんですか。」
「さぁ。なんでだろ。でもいつもこのタイミングで言ってる。」
「それでもやってきたんですか?」
「中断したことはないね。みんな、それでもいいって。」
「言うんですか?」
「いや、言わないな。言わないけど止めないってそういうことでしょ。」
「浮気の片棒を担がせてるんですね。」
「そうとも言えるね。けどみんなやってることでしょ。」
「分かりません。けど俺は嫌ですね。浮気は嫌です。想像力がちゃんとあったらこれから先最悪どうなるかとかあなたの彼氏はどう思うかとか分かるでしょ。俺はそれが嫌です。」
「真面目だね。」
「ゆーたさんは真面目じゃないんですか?」
「真面目だよ。仕事もしてるし成績もそれなり。近所の人には挨拶して、ゴミはちゃんと分別する。道でぶつかっちゃった人にはちゃんと謝る。けどそういう真面目なところとは全く別のところで僕は真面目じゃない時もある。」
「大麻とかですか?」
「それもそう。他にもあるけど。」
「他にも?」
「だから僕は君の言うところの想像力ってやつがないんだよ。未来なんてどうなるか分からない。だからそんな未知を選択肢に入れられない。」
「それって開き直りですよ。最低です。」

「そーかもね。」と言いながら彼は上半身だけを起こし次は首だけを上に向けて天井を見た。

「ホテルの天井が鏡で良かったよ。これがもし吹き抜けの青空とかだったら誰も来ないと思う。」
「一部の物好きは来るんじゃないですか。」
「来ないよ。誰も、来ない。人は青空の下でSEXなんて出来ない。そういう風に出来ている。」
「それ浮気の事となにか関係あるんですか?」
「僕が誰か彼氏とは別の人とSEXしてる時に彼氏が僕のことを思ってたりしたら最悪じゃん。それで青空なんか見上げてたりしたらさ。僕たちは同じものを見てることになる。それって凄く嫌だよ。鏡ならそんな必要もない。鏡は自分の好きなものしか映さない。」
「罪悪感を感じるってことですか?」
「うーん、そうだね。その感覚が近いかな。けど僕は罪悪感を感じない。そんなものは辛いだけだし想像も出来ない。」
「卑怯ですね。背負って下さいよ。全て背負った上で罪を犯してくださいよ。忘れちゃダメなんじゃないですか、罪悪感ってやつは。別に娑婆だろうが獄中だろうが構わないですが罪悪感ってやつに苛まれて苦しむってのが必要な儀式じゃないですか。それすら忘れてしまうのは最低ですよ。」
「急に怒るじゃん。」

彼はやれやれといった様子で首を振りながらベッドの枕元まで行って照明のスイッチを触りだす。スイッチをオンオフ、つまみを右に左に回し照明が明滅を繰り返す。一回全部切ったり、入り口側から順々に照明をつけたりする。俺は最初こそ明滅を目で追って見ていたがやがて飽きスマホを取り出してモンストを始める。ヨルさんが引けた。
やがて照明の操作にも飽きた彼が再び自分の横に戻ってきてまたどっかりと座る。引っ張りハンティングをやめて彼を見やる。

「美しいと思うよ。全てを背負って生きるのは美しい生き方だ。君がそうあれるならそうすべきだ。カッコいいし。けど僕にはそんなことは無理。家から一番近くの車通りの少ない横断歩道の信号を守らなかったとしてどんな影響がある?後ろで見ていた子供が信号を軽視してどこかで事故を起こす?分からない。俺はそんなことまで背負わないよ。」
「実はゆーたさんのこと少し魅力的に思ってます。ここに来るまで見えていただけの前面のゆーたさんはつまんないし臭いし地雷イカホモでしたが。」
「え?俺臭いの?」
「アニメ映画しか見ないのに映画鑑賞を趣味にするのはどうなんですか。」
「いいだろ。アニメ映画。馬鹿にするなよ。」
「空の下でもSEXはできますよ。あなたがしないだけで。あなた以外の人は出来ます。空の青はあなたの為のものじゃない。」
「じゃあ誰のものなんだよ。」
「空の青さを享受できる人のものです。もちろん俺もそうではありません。」
「なんかポテト届いてない?」
「誰しもが空の下でのSEXを楽しむ権利がありますが誰しもが自分自身にはその権利がないんですよ。他人にはあるが自分にはない。自分の犯した間違いってのはそうやって償うべきなんです。この世の人間全員がそうなんです。」
「なんでもいいけどさ...」

彼はそこで言葉を切ると煩わしそうに居直りながら俺の方を向いた。
「SEXしないの?」
俺はベッドの下から拳銃を取り出し彼の頭を撃って殺した。

いつの間にか入り口前に置かれていた冷食のポテトを少しつまみあまり美味しくないなと思いながら荷物をまとめる。カバンを背負いドアノブを回し外に出る。そこから誰もいないフロントを通過し歌舞伎町の騒がしさに身を溶かす。中央線に乗って家に帰り風呂に入って眠り、翌朝は遅めの10時くらいに目を覚ます。洗濯機を回しながら王様のブランチを流し見る。洗濯が終わったので洗濯物を外に干し始める。小物干しに対角線上でパンツを干し始めたくらいで昨日のことを思い出して吐いてしまった。吐いてもずっと苦しかった。

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