今日、私は死んだ。死因はバイ男性との不倫。

今日、私は死にました。死因はバイ男性との不倫。正確には私は生きています。今も元気に生きています。しかし確実に死んだものがあります。それは私の輝かしい20代。今日、私は30歳になったのです。

私の20代の死の前には長い闘病生活がありました。25歳で彼と出会ってからすぐさま恋に落ち、付き合った。同棲の話は必ず断られたし、付き合う日が長くなるにつれ土日も会えない日が多くなってきてなんとなくこの恋の終わりを感じていましたが考えないようしていました。しかしまさか「付き合って6年の女性と結婚するから」という理由で無理やり区切りをつけられるとは思ってもいませんでした。私の5年間のお付き合いの時間は全て「不倫」だったのです。友人たちは彼と付き合っている間も熱心に相談に乗ってくれ、「そんな男はやめた方がいいよ」と私の20代を必死に看病してくれてましたがその努力も虚しく、本日00時00分00秒、私の20代は静かに息を引き取ったのです。

本日、私の誕生会という名のお葬式が執り行われた。インスタグラムから確認できる私の顔は笑っていました。多くの友人に囲まれ息を引き取った私の20代を見て、私は何とか笑いました。周りの友人も「ご愁傷様です...」という感情を必死に隠し、笑顔を作ってくれました。私はそれに報いなければならないと思い、涙が溢れないように大きく笑ったのを覚えています。

彼はバイだったのでしょうか。男性も女性も好きだったのでしょうか。私に腰を振りながら結婚相手にも腰を振っていたのでしょうか。そして結局彼は女性へ腰を振り続けることを選んだのです。



私は彼を愛していましたが、彼は私を愛していなかったのでしょうか。単純に気持ちよくなれる無料の風俗としてしか私を見ていなかったのでしょうか。彼に「好きだよ」と言われたことは何度だってありましたが、あれは「(俺は女性と付き合ってるし結婚する予定もあるけれど、男ともSEXをするからそういう不倫相手として)好きだよ」という事なのでしょうか。分かりません。今となってはLINEの連絡先もブロックされ彼に真意を聞くことすらままなりません。私が5年で築いた関係などLINEをブロックされたくらいで崩れるもろい関係だったのです。よく考えれば私は彼のことを何も知りません。彼の職場、最寄り駅、今いるところ、私は彼の真実を何一つ知りませんでした。

いくら後悔したところで私の5年間は戻ってきません。しかしこれからも人生は残酷にも続いていく。私と同い年のゲイたちは私が不倫に明け暮れている間にゲイ同士でしっかり結ばれていった。

大丈夫だ、私。私はまだ戦える。まだ舞える。傷が癒えるのに時間がかかるかもしれない。けどこれから始まるんだ。ここからが私のスタートライン。不利なスタートラインだと自分でも笑いたくなります。だって将来私に彼氏が出来たとしても「25歳~30歳までバイと不倫していた」という事実は私に明らかな不利として働くでしょう。「20代でまともな恋愛をせずにバイ男性と不倫恋愛をし、30歳であっさり捨てられた」という事実を将来の彼氏が知った時はきっと絶望と怒りを感じさせてしまうだろう。「バイに不倫されていた」というレッテルは一生貼られる。隠すにしても覚悟が必要のはずです。

長らくしていなかった筋トレを始めよう。懐かしい筋肉痛を感じながら恋愛市場というリングに再び上がろう。いつか自分にOKをだせるように自分を磨こう。

荒んでしまった部屋を綺麗にしよう。日々のやけ酒の跡が見られる部屋をきれいさっぱり綺麗にして心身ともに整理をしよう。「おそうじ本舗」に頼もう。皆んなからもらった見舞金でプロのハウスクリーニングに綺麗さっぱりしてもらおう。カーテンを変えよう、新しい服を買おう。綺麗な場所からは綺麗な思考しか生まれないはずだ。そうして不毛な大地から飛び立とう。

季節はちょうど春。不倫という不毛すぎる恋愛を終わらせるには十分すぎる理由です。

—————あるゲイの春の日記より抜粋

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?