いつだって恋愛したいものでして

『琵琶湖湖畔にて未確認飛行物体の目撃多数!UFOか?!』

机の上に置いてある地方紙の端の方にそんな見出しが見て取れる。少し読んでみると、2日前の22時ごろに琵琶湖北部の湖畔にてまるっきりUFOの形をした飛行物体が多くの人に目撃されたらしい。写真や動画も多数の人間、多数の角度から捉えられておりかなり信憑性の高い情報とのこと。

しかしそんな事を書いてみても結局は見た通り地方紙の端の文章に収まっているだけであって、俺から見たら「これはかなり本物のUFOなんじゃないか?」と思っているが世間の関心度はそんなに高くないらしい。全国紙には昨夜のスポーツの結果だったり恋愛禁止アイドルのスキャンダルばかりが取り沙汰されており、一介のアイドルをやっている健全な女の子の小さな恋愛と未知のUFOであればどちらが面白いかは一目瞭然なのに、しかし世の中はどうやっても贔屓の球団の試合結果と恋愛事の方が興味を持たれると思われているらしい。

そんな事を俺は通っている大学のサークル棟の一室で考えている。この部屋は真ん中を衝立で隔てられており衝立の先、つまり俺がいる反対側からは常に女子の姦しい声が聞こえている。

このサークルの表立っての名前は「セクシャルマイノリティサークル」であり、言わばLGBTQの当事者たちが参加するサークルである。本来であればマイノリティ同士で座談会を行ったりフリーペーパーを作ったりして、交流活動を行なっていくのが主な目的ではあるのだが、我が大学のセクシャルマイノリティサークルはLGBTQのL、レズを自認する女子の数が圧倒的であり対してそれ以外、つまり我々男子連中の人数は俺を含めて3人。それでいて我らはゲイであるので、LGBTQの内LGしか存在しないセクマイサークルとなっている。

衝立の奥から聞こえる女子の嬌声を聞きながら、我ら3人は何をするわけでもなくただただダラっとしていた。
この部室が衝立で隔てられているのも、我ら3人がやる気や情熱という言葉から正反対の陰気な人間であるということが起因している。
少し前までは我がサークルには衝立なぞなく全ての人間、と言っても多くの女子と我ら3人が混ざり合って交流をしていたものだが、サークル長である女子が我々ゲイの3人を排斥し一大レズビアン帝国を作り出すためどこからか衝立という名のウォールマリアを持参。いつの間にかレズとゲイは壁で隔てられそれぞれ別々の目的意識を持って動くことになってしまった。

マイノリティ同士の中で更にマイノリティが迫害を受けるというなんとも皮肉な状態に陥っている我がサークルではあるが、しかしこれでもゲイである俺たち3人は今の状況を抗議するわけでもなくただ淡々と受け入れるのみであった。
本当は俺もなんらかの活動を行いたいと思ってこのサークルに参加したが実情がこれではなんともやる気が出ない。

俺の座っている長机の端で携帯を触っているのがトモキ。そしてその向かいに座っているのがタカヒロである。タカヒロも携帯を触り、ナイモンでもしている事だろう。
俺たちは、少なくとも俺はこのサークルを大学の中の一つの居場所としか捉えておらず、お互いにあまり干渉し合わないという何となくの空気感があった。それはお互いに男性の好みとして一致していないという事実もあったし、女子たちに迫害されている現実を認めて傷の舐め合いをしたくないという変なプライドもあったからだ。

突如、衝立の一部が開きサークル長である女子が入ってきた。

「お、今日も陰気にやってるね。入部希望者がいたから連れてきたよ。あとはそっちでよろしく。」

そう言ってサークル長は一人の男を連れてきた。そうしてまた衝立を閉じて女子の嬌声の中に溶けていく。

俺はその男の登場により電流が走った。戦慄及び電撃、閃光が視界の中で真横に走りその衝撃で斜め後ろに吹き飛んで棚に後頭部を強かに打ち付けた。
他の2人、トモキとタカヒロを見ると彼らも同様に吹っ飛んでいた。
それもそうだ、現れた入部希望者、カイ君は余りにゲイとしてモテる体型、顔立ちをしていたのだ。

~~~

「なぁ、カイ君の話なんだけど」

「うん。」

「どう思ってる?」

「どうって?」

「お前まさかいこうとしてるんじゃないだろうな」

「誰がだよ。お前はどうなんだ」

「うーん、強いて言うんだったらこの中では俺かなという感覚はある」

「なんだその気持ち悪いバランス感覚は」

「だってそうだろ。トモキはデブ専、タカヒロは老け専。一般的な筋肉男性を好むのは俺だけだったはずだろ。ならば俺に優先権があるのでは?」

「老け専でも別に同年代と付き合っちゃダメな法律はないだろ。ロバートの秋山も老け専を自称しているが、結婚したのは同年代の人だ」

「知らないよ」

「落ち着けよ。まずはカイ君と仲良くなるところからだろ」

デブ専のトモキが口を挟んできた。
トモキは先ほどからカイ君には興味ないふりをしているが、こいつも間違いなくカイ君に興味がある。しかしトモキよ、お前は痩せないとこの「レース」には参加できないだろう。デブ専デブだった今までの自分を恨むんだな。

俺たちはカイ君との初邂逅の後に3人で集まっていた。
それぞれにカイ君への印象を探り合い、恐らくここにいる3人がカイ君を気になっていることが分かった。つまり俺たちはこれからあのサークル内においてカイ君の好感度を誰が一番稼ぐかという骨肉の争いを繰り広げることになることになる。サークル内での恋愛禁止?アイドルも守れない恋愛禁止をなぜ俺たちが守る必要があるのか。

~~~

「ねぇ、カイ君はどこら辺住んでるの?」

「えー、内緒にしていいですか?」

「なんでよ〜!なんか事情あり?」

「そうそう。事情ありなんです。」

翌日の部室で、訳知った顔のようなタカヒロがカイ君から色々と情報を探り出そうとしていた。俺は中々会話に入れず焦りを感じていたが、タカヒロがずけずけと聞き出す情報のおこぼれに預かるべく聞き耳を立てていた。

「そういえばこのサークルどこで知ったの?」

「えっと、掲示板で見て」

「カイ君ってさ、ゲイでいいの?」

「え〜と、多分そんな感じです。自分でもよく分かんなくて」

「そうなんだ。そういえばカイ君、LINEやってる?」

まずい。このままではタカヒロの独壇場だ。連絡先まで聞かれてしまったら一歩先んずるどころか遥か彼方まで行かれてしまう。インターセプトしなくては。

「あ、良かったら俺にも教えてよ」

トモキが先にインターセプトしてきた。奴もタカヒロとカイ君の会話に聞き耳を立てていたのだろう。しかしこれではタカヒロの二番煎じ感が否めない。おこぼれを預かろうとしたのだろうが逸ったな、トモキ。
しかしここで俺も何かしないとただ「こいつらとは一味違うぜ」という面構えで引っ込んでいるだけになる。そんなのカイ君からしたら「あの人なんか雰囲気違うな、気になるな」ではなく「なんか隅の方にいたな、そういえば」と思われておしまいである。つまり俺に出来ることと言えば、えーと、隅の方にいるだけということ?


「ごめんなさい。まだ、というか今携帯壊れてて。そのうち直るので、その後でもいいですか?すいません。」

OK!OK OK!Thank you!

「あ、そうなんだ。じゃあまた今度でいいよ。」

「でも携帯ないと不便だよね〜」

トモキとタカヒロ、分かるぜ。お前たち動揺してるだろ?指も震えているんじゃないか?ほんとに携帯が壊れていたとしても体よく断られたのだとしても今のは効いただろう。勝負は振り出しだ。今度は俺が仕掛けるぜ。

「じゃあさ、携帯直ったらこの4人でLINEグループ作ろうよ」

俺が提案する。これで今まで会話に入れてなかった俺がハブられることもないだろう。

「全然いいですよ〜」

こうして俺たちはカイ君を迎えて初めてグループLINEというものを作った。

~~~

我が大学は兵庫県の北部にある田舎の私立大学であり、良いところといえば偏差値が程々な為入学しやすいところと琵琶湖が近いのでいつでもブラックバス釣りに興じれるということくらいだ。
大学周辺に住む俺は県内都市部や大阪に移動するにも時間がかかり、娯楽のほとんどは若者にとっては無いに等しい。
なので大学のない休日、俺はどこに出かけるわけでもなく家でNetflixなどで映画を見るのが日常になっている。その日もネトフリで『イコライザー』を見ていると、カイ君から個人LINEが来た。
カイ君は結局LINEが使えるようになった。今はカイ君と出会ってから既に2か月が経過しており、ほどほどにカイ君と仲良くなっている途中といったところだ。

「こんにちは、今って家にいます?」

「いるけど。どうしたの?」

「いつも休日は映画見てると言っていたので、自分も見たいな〜と」

「え?いいけど。うち来る?」

「はい。お邪魔じゃなければ。」

びっくりし過ぎてまた後ろに吹き飛びゴミ箱に頭をぶつけた。超特急で部屋を片付ける。そしてカイ君を迎えた。まさかカイ君が一人暮らしの我が部屋に来るとは。突然、突如として、何故ですか?という思いはあったが、今はこの状況を楽しむことにした。

「今日は何見るんですか?」

「え、えーと、『イコライザー』見てた。でも違うの見ようか」

「いえ、いいんです。それ見してください。」

「いいの?分かる?『イコライザー』」

「分かんないです。どこが面白いんですか?」

「んー、デンゼル・ワシントンが強すぎるところ」

「誰ですか?」

「主演の俳優でホームセンターに勤めてるおじさん」

「強いと面白いんですか?」

「アクション映画なのにデンゼル・ワシントンが強すぎるのは面白いよ。表情もずっと変わらないし。」

「興味湧いてきました。」

俺は『イコライザー』を再生する。

「どれがデンゼルですか?」

「このスキンヘッドのおじさん。」

「へー」

時間はあっという間に過ぎ、デンゼル・ワシントン扮するロバート・マッコールがネイルガンでロシアンマフィアを殲滅する終盤のシーンになっていき、映画は完結してしまった。

「凄かったですね。ほんとに殺してるように見えました。」

「映画ってあんまり見たことない?」

「はい。知ってはいたんですけど、見たのは初めてです。」

「珍しいね。それに初めて見た映画が『イコライザー』なのか」

人生で初めて見る映画に『イコライザー』を選んでしまったことに若干の罪悪感を覚えながら、俺はカイ君を見送った。ほんとに映画を見るだけだったが、休日にカイ君に会えたのだ。これはトモキとタカヒロより好感度が高いと言ってもいいだろう。

~~~

「え?トモキもタカヒロも遊んだの?」

「そうだけど…もしかして全員この前の休日で遊んだ?」

トモキが勝ち誇ったような顔をして俺とタカヒロに「報告があります」と言ってきた時は何事かと思ったが、どうやら彼はこの前の休日にカイ君と大阪に遊びに行ったらしい。その次の日、トモキはカイ君と琵琶湖に釣りに行ったらしい。そして俺はトモキと釣りに行った日の午前中にカイ君と部屋で映画を見ている。

「なんかカイ君、大阪来るの初めてって言ってすごい楽しそうだったから、自慢したくて…」

「それで言ったら釣りも初めてって言ってたぞ」

「映画見るのも初めてって言ってたな」

つまり我々は一人づつカイ君との関係で抜け駆けをしたと思っていたが、実はそんなことなく全員横一線であり、ゴールはまだ陽炎のように揺らめいているのであった。

「なんだよ。カイ君不思議すぎないか」

「可愛いからいいだろ」

「そういえば、カイ君の家とかって誰か聞いた?」

「いや、知らない…」

やはり3人ともカイ君の情報は同じ程度しか持っていなく、それでいてカイ君はあまり自分のことを話さないようだった。我々は何度かカイ君のパーソナルな部分に触れてみようと考えているもの具体的なアプローチ方法については考えあぐねていた。これも全て我々が大学ウェーイ系ではないからかもしれない。


と、表の方が騒がしくなっているのが聞こえた。
構内に救急車が来ているらしかった、野次馬根性を発揮したタカヒロが近くまで見に行ってくるとやがて焦ったようにこちらに走って帰ってきた。

「カイ君だ。道端で倒れていたらしい」

俺たちは騒然となり救急車の方に近寄る。救急隊員に「どこの病院に行きますか?」とトモキが尋ね、近くの県病院だということが分かると3人でドタバタとそれぞれの原付に乗り県病院に急いだ。

病室に着くとカイ君は顔面蒼白で寝かせられていた。傍らには医者と看護師が立っており、看護師に「君たちはこの子の親御さんの連絡先とか知ってる?」と尋ねられたが、カイ君が一人暮らししているかも実家暮らしかも知らない俺たちは、首を横に振るしかなかった。「大学側に聞いてきます」と看護師は病室から立ち去った。
やがて処置も終わったのか医者も病室からいなくなり、俺たちとカイ君以外にこの病室には人がいないようだった。

「どうする?」
タカヒロが口を開く。

「どうするもなにもとりあえず見守るしかないだろ。親が来たら俺たちは帰ればいい。」

「そうだな。」

そして俺たち3人はカイ君の側に座ってカイ君の親の到着を待つことにした。


簡易な丸イスに腰掛けたまま待っているといつの間にか俺は寝てしまったようだった。外は薄暗い。時計を見るともう19時手前だった。他の2人も俺と同じようにうつらうつらとしながら浅い眠りを繰り返しているようだった。
面会時間もすぎるし帰るか、と思ったところで窓から青白い光が差した。カーテンの隙間から何か強い光が見える。俺は立ち上がりカーテンを開けようとすると、背後からバサリと布団が落ちる音がした。その音で2人も目を覚ましたようだった。

ベットに寝ていたはずのカイ君がそのままの姿勢でゆっくりと浮遊していた。普段から浮世離れしているなぁと思っていたが、今は目の前で実際に浮いている。

「武蔵小杉 黄土色でぇ〜 ごぼうを2つ下さいな」

カーテンの奥、外から妙な声が聞こえた。何か意味があるようなないようなことを言っている。
俺は意を決してカーテンを開けるとそこには巨大な円盤が薄暗い空に君臨していた。

「武蔵小杉 黄土色でぇ〜 ごぼうを2つ下さいな」

相変わらず意味の分からない言葉が聞こえる。それは幻聴なのか、円盤からのメッセージなのか判断できなかった。

俺たち3人は口をポカンと開けて事態を見守るしかなかった。すると、突如として円盤は光の柱に包まれ、垂直に上昇し消え去った。
カイ君は元通りベットで横になっていた。しかし目を覚ましており、どことなく焦ったような顔をしている。
俺たちはとにかくナースコールを押しまくった。


翌日、カイ君は身元引き受けの誰とも連絡がつかないということで半ば強制的に退院させられた。
あの後看護師にカイ君の体が浮いていたとか空から円盤がとかを説明してみたが大学生のおふざけとして捉えられかなり怪訝な顔をされてしまった。

俺たちはとりあえずカイ君と一緒にサークル棟の部室で話し合うことにした。

「すいません。俺、帰らないといけなくなったみたいで」

開口一番、カイ君が謝ってきた。

「え?どこに?」

「えーと、ですね。琵琶湖湖底です。」

「え?」

「あの、すいません。琵琶湖の湖底には皆さんが知らない文明があるんです。」

「え?」

「昨日は僕を連れ戻そうと湖底から親が来ていたみたいで。皆さんが周りにいたのでやめたみたいですけど。」

「宇宙人じゃなくて?」

「宇宙人なんているわけないじゃないですか」

「あんな分かりやすいUFOの形してて宇宙人じゃないの?」

「あれは琵琶湖湖底で一番流行ってる車みたいなものです。こっちで言うとプリウスみたいな」

「プリウス…」

相変わらず衝立の向こうは女子たちが騒がしいが、我々のエリアはカイ君の荒唐無稽な話によって静寂に包まれた。

「すいません。皆さんを騙していた訳じゃないんです。ただ僕、湖底生活が嫌で。あそこは狭いし、どこにも行けないので。」

「帰るって言ってたけどいつ帰るの?」
俺はとりあえずカイ君の言っていることを信じて会話を促す。

「来週の土曜です。湖底語で言ってました。『武蔵小杉黄土色でぇ〜ごぼうを2つ下さいな』は来週の土曜を指します。」

「独特すぎる言語体系…」

それからカイ君は琵琶湖湖底文化のこと、湖底が退屈故に逃げ出してきたこと、そして彼の親は湖底文化以外と接触することを過度に嫌うため、迎えに来ることも次が最後だということを伝えてくれた。

「戻りたくないなら戻らなくてもいいんじゃない?俺らもう大学生なわけだしさ。自分のことは自分で決めたらいいじゃん。」
トモキが言った。

「僕たち湖底人は地上では生きていけないと親は言います。だから無理矢理連れて帰らされるかも」

「じゃあ逃げよう」

俺はつい言ってしまっていた。おいおい大丈夫なのかよとか、他人の家庭の問題に口を出すのは不躾では?などと思わないでもないが、俺はカイ君がどこかに行ってしまうのは寂しい。顔が良いので付き合いたいなどという感情もあるが、それ以上にこのサークルに入ってくれたカイ君と俺たち3人との時間をまだ続けていたいという事を俺は心から望んでいた。

「俺はカイ君が逃げるのに協力するよ」

「そんな…悪いです…」

「良いんだよ。それこそ俺たちもう大人なんだしあんまり親が過保護すぎるのもどうかと思うしね。俺に任せてよ」

「じゃあ俺も協力するよ」

「もちろん俺も」

2人が遅れてなるものかと参戦してくる。やはり抜け駆け出来なかったか。事態はUFOと琵琶湖湖底人という訳の分からないことになっているが、俺たち3人の共通認識は変わらなかった。
この「レース」、琵琶湖湖底人の親御さんが絡んでこようと、俺が勝つ。

~~~

と言っても、俺たちが出来ることは当日までなにもなかった。どこか遠くに逃げようと思ったが、湖底人の文化は現代の地球文明を遥かに凌駕するらしく世界のどこにいてもカイ君を捕捉できるらしかった。
なので俺たちは決戦の土曜までいつも通り過ごした。部室でダラダラと喋り時々誰かの家に行っては夜まで麻雀をしたりカービィのエアライドをやったりした。
そして土曜。

カイ君の話では親が迎えに来るのは陽が落ちた時間帯であろうという話だ。彼らはやはり地上との接触を嫌い暗がりで行動をするらしい。
前回はカイ君を遠隔で気絶させそこを攫う作戦だったらしいが、カイ君曰く「今度は気絶させられないように防御します」とのことだったので、カイ君自身も意識を保ったまた逃げれるだろう。

俺たちの作戦は一つ。ブリトニースピアーズ作戦。
ブリトニースピアーズが悪質なパパラッチを撒くために同じ車を複数台用意しどの車にブリトニーが乗っているか分からなくしたというパパラッチ対策を真似たものだ。
貧乏大学生に車を複数台買う余裕はないので、それぞれの原付にカイ君と同じ背格好の人形を2ケツさせその内一台は本物のカイ君という作戦だ。
これでカイ君の親を撹乱し燃料が尽きるか諦めるまでとにかく逃げ回る。

とりあえずは俺の家に全員が集まった。そしてUFOが来るまで待機し、来た瞬間に原付で逃げる。
UFOを待っている間は皆無言だった。緊張しているのかここまで来てしまった事態の深刻さを飲み込んでいる途中なのか少し張り詰めた空気が漂っていた。

そうして時刻は22時を過ぎるかというころ。頭上にあの青白い光が降ってきた。俺は現実の空飛ぶ円盤に一瞬たじろいだが、それでも気合いを入れ直す。

「逃げるぞ!!」

3人一斉に原付のエンジンをふかし道路に飛び出る。本物のカイ君を乗せるのは俺の役目になった。そして円盤はゆっくりと俺たちの後をついてきた。

俺たちはとにかく信号のない田舎道を選びエンジン全開で駆け抜けた。
原付の限界だろという速度を常に出しているが、それを嘲笑うかの如く円盤は後ろからピッタリと後をつけてきていた。

「おい!全員で同じ方向に逃げてどうするよ!次の交差点で俺は右を曲がるからお前たちは別の方向に行け!」

タカヒロが交差点で咄嗟のハンドルを切り地面とタイヤの間に火花を撒き散らす。
円盤は一瞬、迷うかのような揺らぎを見せたが、さほどの時間稼ぎにもならず本物のカイ君を乗せている俺の後にぴったりついてくる。

あの速度で曲がったらタカヒロ事故ってるんじゃないか、と逡巡が一瞬よぎったがとにかく俺はアクセルを回した。

円盤とのカーチェイス?に中々終わりは来なかった。原付をフルスロットルで走らせ、畦道や路地を爆走する。運がいいことにほとんど人がいない。田んぼや民家が高速で目の前を通り過ぎていくのを繰り返す。

それにしてもしつこいな、円盤。どれだけ走ろうとも撒ける気配はないが、進行方向を先回りして追い詰める気配もない。カイ君の親御さんはカイ君自身が自主的に戻ることを望んでいるのだろうか。

「ねえ!一つ聞いていい?!」
俺はアクセルを緩めずカイ君に大きな声で話しかける。

「はい!なんですか?」

「なんでうちのサークルに入ろうと思ったの?!」

「それは…マイノリティサークルと聞いて!マイノリティの言葉の意味は知っていましたから、もしかしたら湖底人もいるかもしれないって思って!」

「そう!じゃあなんか思ったのと違ったよね!確かに俺たちはマイノリティ中のマイノリティだけど、湖底人ではないからね!」

「でも、じゃあなんでこんなに良くしてくれるんですか?」

「それは…好きだから!!」

「好き?俺のことがですか?」

「そう!おかしいかな?!」

「いえ!僕も皆さんのことが好きです!」

「そうか!!ありがとう!!」

俺がそう言った瞬間道の真ん中にあった石にタイヤが引っかかり、俺たちの体は空中へと舞った。その一連の光景はスローモーションであって、空を舞ったカイ君が緑色の光線にふわりと包まれた。

その瞬間、後ろから追いついたトモキが原付から大ジャンプをして、カイ君の腕を掴んだ。

「トモキ!カイ君を戻せ!」
俺は地面に激突した後も這いつくばりながら、トモキに叫んだ。トモキはカイ君の腕を辛うじて掴んではいる。すると、トモキもカイ君と同じ緑色の光線に包まれふわりと浮いた。

「ヤバい!お前も行っちゃうのかよ!」

そうして2人は円盤のハッチに吸い込まれてき、やがて円盤は光の柱に包まれ消え去ってしまった。

俺は上がらない右腕をぶら下げ原付を引きながらなんとか自宅に戻った。先に戻ったタカヒロが駆け寄ってきた。タカヒロも案の定事故ったのか傷だらけだ。

「すまん。カイ君行っちまった。あとついでにトモキも」

「そうか」

この先どうしたらいいか分からなかったが、俺たちはとりあえず寝ることにした。トモキの家族になんて説明しよう。

朝、玄関のチャイムで目を覚ます。
続いてドンドンと玄関を叩く音がする。

「俺だよ。トモキだよ。お前ら大丈夫か?開けてくれ〜」

トモキ?あのキャトルミューティレーションされたトモキか?玄関を急いで開ける。

「お、開いた。うわ、お前ら大丈夫か?傷だらけじゃん。」

「そんなことよりカイ君はどこ行ったんだよ!」

「ああ、あの後円盤の中でカイ君の家族と家族会議があったんだけどさ。やっぱりこっちに1人で住むのは認められないって」

「それでお前だけ帰されたのか?」

「うん。でも結構向こうの人も優しくてさ、通いならいいから平日はこっち来れるって」

「え?なにそれ」

「いや、俺ら勝手に盛り上がってたけど向こうの家族的には家出して一人暮らしはダメだけど、実家からの通いならいいんだってさ」

「あ、そうなの」

じゃあ昨夜の逃走劇は一体なんだったんだよ、という話ではあるがとりあえずカイ君とはまだ一緒にいれるらしい。

「とりあえず俺はカイ君の親とも会ったので一歩リードということでいい?」
トモキがいやらしいニヤつき顔をする。

「なら俺は昨日カイ君に告白したぞ」

「なんだよそれ抜け駆けだろ」

「カイ君なんて言ってたんだよ」
自分達の状況に合わない言葉の応酬をする俺たち。

「いや、別に。なんかみんな好きだって」

「じゃあそれ告白になってないじゃん」

「じゃあまだこのレースは横一線ということで」

そこで俺たちは笑い合った。なんか知らんがめちゃくちゃ笑った。初めてじゃないか?3人でこんなに笑うのは。カイ君が来てから俺たち多少は話すようになったけど、昔からしたらこんなの考えられなかった。思い描いてたサークル活動と違って、トモキもタカヒロも俺も部室の隅で携帯いじってるだけだったのに。ものすごく有り体に言えばカイ君との出会いが俺たちを変えてくれたのだ。

そして確かにUFOとかそんな事よりも恋愛の方が面白いなとも思ったのだった。

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