本当の若さとは

「けんとさんってお仕事なにされてるんですか?」

可愛らしい顔で彼が尋ねてくる。本来初リアルにおいて相手の仕事を聞くことはナンセンス、なんて言われているがそんなのは古いゲイ達が勝手に作り出したルールであって今目の前にいる彼は大学生で20歳。そんな変な常識が存在することさえ露と知らず悪気も作為も何もなくただ思ったことを口に出している。この純粋さが僕の欲しているところであり、汚れてしまった大人たち又は大人なのに常識を知ろうとする気もない馬鹿たちとは大きく違うところだ。俺はとにかくこういう若い子が好きなのだ。

「仕事はIT系だよ。と言ってもこれじゃ答えとして曖昧過ぎるかな。最近流行りのAIってあるだろ。あれのエンジンとかデータベースを作ってる会社に勤めてるんだよ。」

「へぇ~、じゃあけんとさん頭良いんですね!」

「俺はあくまでマネジメントだから技術的なところの深いところまでは知らないどね。」

「色々あるんですねぇ。」

なんとも浅いところで話は落ち着く。スマホでナイモンとエロいソシャゲくらいしかしていないこの子にはこのくらいがちょうどいい話のオチだろう。冷笑的に見ているのではなくて逆に俺はそういう彼の幼さ、鈍感さというところを評価しているのだ。小賢しい知恵をつけるまでの男の子はこういった幼稚さを隠すことがなくそれが逆説的に自らの若さという魅力を表現しているのだと気づいていない。そしてそれこそがやがて失ってしまう輝きなのだ。

場所は恵比寿の路地裏にひっそりと佇むお寿司屋さん。店内は飲食店にしては暗いけど料理が美しく輝くライティング。体育会系大学生には不相応の場所と言えなくもないが不相応の場所に恥ずかしげもなく連れてこれるからこそ僕の格も上がるというものだ。最初は初めての場所で居心地を悪そうにしていた彼だが料理と会話が進むうちに打ち解けてきたようだ。もちろんそれは僕が事前に彼のTwitterやInstagramをチェックし彼の情報をインプットしておいたおかげだ。何かの会話の端を拾って「それこの前インスタで言ってたやつだ」と話を広げてみたり、狭めてみたり、柔らかくしたり、鋭利に削ったり、塩をかけたり、炙ってみたりなんでもござれ。「僕は君のこと何でも知っているよ。ファンだよ。」なんて事を言葉に出さずに相手に伝える。若いモテ筋の彼が言われ慣れている「可愛い」以外の言葉で冗談を交えながら、彼の外見を、努力の見える筋肉を、水を弾く肌を、内面を、価値観を、人生の選択を、時には彼の実家で飼っている犬のことまで褒めちぎるのだ。

少しお酒を進めて体が熱くなってくればお酒に慣れてない彼はトイレに立つ。
「すいません、ちょっとトイレ行ってきます。」

そうしている間に僕はお会計を済ます。使えるキャッシュレスは事前に確認済みで僕のカバンの中にはスマホと少しの現金、それとカード入れとアトマイザーに小分けした香水だけが入っている。
最近は年上なんだから食事をおごるべきだとかそうじゃないとか意味の分からない論争がSNSで巻き起こりがちらしいが僕から言わせればまったくしょうもない。お金があるなら払えばいいしないなら払うなよ。これだけの単純構造になにをグダグダ言ってんだ。その点でいえば若い子との食事を好む俺は金のある俺が払う。これだけが一貫した事実である。お金を稼げ、アホども。

お会計を済まし席に戻って少し経つと彼が戻ってくる。

「酔っちゃったかな?じゃあちょっと外出ようか。」

「分かりました。あのお会計は…?」

「いいよ。奢り。」

「…ありがとうございます!」

彼の顔が本当に感謝を告げるように笑顔を作る。もうこの時点で分かる、彼の口角が、目じりが、鼻に寄るしわが、首の傾きが、体の向きが、その全てが彼が自分に気を許していると。この瞬間に僕は最初の絶頂を迎える。ミッションコンプリートだ。若く多くのゲイからモテる彼を僕は手に入れた。この瞬間、つまり「若いゲイとデートをして成功を収めた自分」に僕は酔いしれる。あとはもう簡単だ。

「明日大学ある?」

「明日は休みです!」

「そう。じゃあさ俺の家来ない?タクシーでちょっとでさ。良かったら映画とか見ようよ。」

「はい!ぜひ!」

そうして俺はタクシーを捕まえ自宅の住所を伝える。タクシーの車内で彼が少し俺のほうに肌を近づけてくるのがわかる。家は、ベッドはもうすぐそこだ。そうして俺は今夜2回目の絶頂を迎えることになる。


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「な~んか、いけ好かないわよね。あなたって。」

俺の先週末の思い出を行きつけのバーで語っていたら店主でありママであり性別的にはパパである、死にかけのウシガエルと形容すべきオカマが口を挟んできた。

「なにがだよ。」

「金で男釣ってるのと一緒じゃないそれ。しかも無垢な若い子ばっかり。」

「金で釣って何が悪い。じゃあイケメンどもは顔で男を釣ってるもんじゃないか。俺は周りと同じく持っている武器で勝負しているだけだろ。」

「それはそうなんだけどさ。若い子をそんな高級店に連れて行ったら委縮しちゃうでしょ。それで奢られるなんてしたらまともな子だったらなにか返さなきゃ~…って思っちゃうわよ。それでSEXでしょ?それじゃ釣りじゃなくて追い込み漁よ。」

「いいじゃないか。若い男が持っているもので一番価値あるものは若さでそれに比例した身体なんだから。嫌ならしなきゃいいだけだ。俺はそれでも別に構わないしな。」

「択一を迫るのがもうあくどいって話よ。けんとちゃんもさ、もう40近いんだし、他人の若さじゃなくて別のもの追いかけたら?月並みだけど一緒に長く過ごせる人とかさ。」

「長年の不摂生で突き出た腹、生きた年数相応に刻まれるしわ、たるみ、凝り固まった思想。これらになんの魅力があると言うんだ。それに若く強い体を求めるのは生物として当然の反応だろう。」

「大蛇丸みたいなこと言い出したわね。でも若さって免許証に書かれる記号的な数字のことじゃなくて精神的な若さが本当の若さって言うんじゃないのかしらね。」

「なんだ?俺に説教をしようってのか、ママよ。」

「あらやだ。あなたの嫌いな凝り固まった思想よそれ。やだわ~。おじさんってこれだから。臭いわ~。おじさん臭い。」

「帰るぞ。」

「待ちなさいよ。私たちもう精神的な若さを目指す時期じゃない?記号的な年齢から解放されて年相応の精神を身に着けてさ。そんなこと簡単にやっちゃう人もいるけど、年齢相応の精神を身に着けるって難しいじゃない?それが出来れば私たちは記号的な年齢から解放されていつまでも無邪気に若く過ごせるんじゃない?」

「"私たち"って言うがお前のほうが10個も上だろうが。同世代感を出すな。」

「35過ぎたらほとんど一緒なのよ!おならだってお父さんと同じ匂いがしてきたでしょ?!」

「それはお前だけだ。ええい、もう帰る。」

「お待ちになすってよ。最後にあたしが昨日覚えた新しい学校のリーダーズのSUZUKAのダンスモノマネ見てきなさいよ。今かけるから。オトナブルーかけるから。やだちょっとまってオトナブルーの本人映像ないじゃない!JOYSOUNDにはあったのに!やだ!ほんとにDAMって!やだ!もういいわ!見てて!カラオケ映像でもいいから見てて!踊るから!SUZUKA可愛いんだから!」

そんな姦しい声を背中で聞きながら俺は店を後にした。40のオカマが新しい学校のリーダーズを歌うな。若さに執着しているのはどっちだ。


街はまだ終電前ということもあり賑やかしい。そんな中を僕は思索にふけながらゆっくりと駅までの歩を進める。
あのヒキガエルめ。言わせておけば好き放題言いよってからに。
僕はママの言っていたことを反芻する。確かにあいつの言っていたことはその通りで僕は若さに固執している。いずれ失われる若さを他人に追い求めそれを繰り返している。あいつに言われるまでもなく精神的な若さとは年齢が上がるたびに軸足を移すことであり、いくつになっても自分のやりたいことを取り組み無邪気に笑う人間性なのだ。
僕が20代とふれあうのは自分がまだ劣化していないことを確認していたいが為で、その中で20代の子の瞳の中に映る魅力的な自分に陶酔している。しかし、30後半の僕が20前半と張り合ったってそんなのは生花に対抗するドライフラワーみたいで見ていてしんどいのだ。
僕は、いや俺は若い子との繋がりの中で自分の価値を確認したい。それはそんなにダメなことなのだろうか。誰しも恋愛の中で他人の中に自分の価値を見つける。日夜SEXに明け暮れるやつ、自分に好意はなくても受けた愛情に対して平等にお返しをしなければと思っている八方美人のやつ、ちやほやされたくてSNSやマッチングアプリに執心するやつ、彼氏がいるのにほかの男と寝てそれをなんとも思わないやつ、それらを俺と同じように悪とするならばこの世の恋愛に善なんてないんじゃないだろうか。
そうだ、だから僕のやっていることは…
そこまで考えたところで地下鉄の改札まで着き、僕は改札を抜ける。いつもの自己肯定、凝り固まった思想、やだわ~。おじさんってこれだから。臭いわ~。おじさん臭い。

突然出てきたママを頭の中で引っぱたき、僕はなんだか今日は足が疲れたので階段を使わずエレベーターでホームまで降りることにした。


おわり


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