人間の本質、そして亀頭はちゃんと洗わないといけない

「私たちの生きるこの時代はまぁ悪い時代ではないと思うんですよ。」

男は自分のちんちんの包皮を剥きながら滔々と語りだした。

「例えば人間の本質に関してもそうです。このちんちんの皮のように旧時代の価値観、固定観念は捲り剥がされ、今あなたの前に顕れたちんちんの亀頭のように剥き出しにされた人間の本質こそがより良いとされる時代、それが今なのです。人間の本質とは、それつまり多様性なのです。各個人の持つ思想、意思、言説、論評などがインターネットを通して様々な人に表明出来る。そして技術革新によってもたらされた恩恵により今やほとんどの日本人がスマホを持っています。それにより24時間場所も時間も選ばずに他者の意見に触れることができ、自らの価値観のアップデートを図れる。私が生まれたころには到底考えられない時代になったものです。」

男はそこでちんちんから手を放し、自らの言葉にジェスチャーを加えながら熱を帯びたかのようにまた語りだした。

「インターネットやSNSを介した言葉は、時にそれを必要としている人に届き、時に必要としていない人たちに届き、それらは大きな唸りとなります。その言葉に救われ頬に涙を伝う人もいれば、その言葉に怒り嘆き自らの敵を見つけたと言わんばかりの人もいます。そしてまた、そのような人たちも自らの感情を揺らした言葉が真の価値を持つのかを確かめるために己も言葉を発さなくてはという衝動を発露するのです。己を肯定した言葉を肯定するために、己を否定した言葉を否定するために人々はまた大きな唸りの中に身を投じていくわけです。」

男は一度話を落ち着け、されどまた自らのちんちんをむんずと掴みながら言葉を続けた。

「先ほども言ったように人間の本質は多様性です。何一つ同じちんちんがないように何一つ同じ人間など存在しません。そして剥き出しにされた亀頭、多様性こそ美しいとされる時代が今なのです。しかし、本当にそうなのでしょうか?剥き出しにされた多様性、思想、意見は本当に美しいものばかりなのでしょうか?」

男はそう言いながらもう一度、自分の包皮を剥いた。現れた亀頭は先ほどの亀頭とは違いなんだか変な臭いが鼻につき、そしてちんかすのようなものが付着しているように見える。

「この亀頭も一つの多様性です。ですがこれは美しいと言えるようなものではなく、醜悪に見えませんか?これなら包皮に包まっていたほうが良い、そう思わせませんか?ただ生きているだけで人の意見に晒され自らの価値観にアップデートをかけ続けられる。気軽に、そして匿名性を保ったまま自らの本質を晒せる場所を提供された現代に最早包皮は必要ないのかもしれません。しかし、自分の人間の本質が本当に美しいものか、汚れてやしないか、それを確かめる努力すら現代の人間は必要ないと思っているのかもしれません。」

男はちんちんから手を放し、悲しそうにそしてどこか遠くを見つめながらまた言葉を紡いだ。

「自分の亀頭がどんな状態なのか、それを把握しないまま相手に亀頭を見せつけるのはバッドマナー、それこそわいせつ物陳列罪です。大切なのは相手がどんな亀頭を欲しているか、自分の亀頭を見たら相手はどう思うか、それを考えることだけなんです。それでも間違ってしまったら握手をしてごめんなさいと謝る、その間に亀頭はきっとまた包皮に包まれているはずです。」

俺が帰ってきたらリビングにいた裸の中年の男は、そう言葉を締めくくるとまたちんちんをむんずと掴み静かにシコシコし始めた。俺はすぐさま玄関にあった金属バットを裸の男に投げつける。面を食らった裸の男だったが間一髪でバットを避け戸惑いながらもすごすごと玄関から出ていく素振りを見せた。俺は裸の男の最寄り駅、千駄ヶ谷らしい、千駄ヶ谷までの電車賃を玄関で渡すと帰れと言い放った。

裸の男を追い払った後、彼の話していたことを頭の中で反芻してみた。あの男、俺が仮性包茎だと決めつけて話していやがったなと少し怒りを覚えたが、あの裸の男とは何故だかもう二度と会わない気がしたのでそんな怒りも忘れて俺は夕飯の準備に取り掛かった。外は夕暮れ、かろうじて西の空に夕日が残っているが、あとしばらくすればそれも見えなくなってしまうだろうという時間だった。

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