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唯一の救いが

フジ子・ヘミングのピアノを聴いて無性に涙が止まらなくて、それはそれは止まらなくて、理由の模索に時間がかかってしまった

私が意味もなく泣く時、それは過去と現在を嘆く時であって未来に視点が向いている時ではない

なぜ涙が出るのかつまるところの結論は出なかったが、私の拠り所である私がどこかへ行ってしまうことへの、その後ろ髪を引くための涙だったように思う

かつての自分でもなく、孤独に咽び泣いていた自分でもなく、それに共感できず泣くことを忘れてしまった今の自分を、呼び止めるように縋り付くように出た涙のように思う

空になった缶を見ると、発泡酒よりビールが増えている
洗面台を見れば、私がいつも使う白い歯ブラシの隣に毛先の整った青い歯ブラシがある

今の自分はかつてより満たされている感覚がある

なすべきことも追うべき目標もあって、死なない理由となる特別な存在もいる

そんな自分が、かつての寂しくこちらを睨むような自分の救いようのない悲しみに寄り添えなくなっていることに、心から共感できなくなっていることに、寂しさと焦りを感じているのかもしれない

かつての自分はひどく寂しくみすぼらしかったかもしれないが、それによる鋭い光も持っていたように感じる


その光が今の自分にないことを、心のどこかで焦りつつ悲しく思っている気がする

乾きによる熱を、孤独による光を、すべて忘れてしまったような、いや、忘れられてもいないくせにそれらを飲み込んで潰してしまったような自分を後ろめたく思っている

離人感と表現されることもあるが、私の救いは常に私であった

孤独でみすぼらしい自分を許すのはいつも自分で、それを抱きしめるのも自分であった

そうした自分がいつのまにか社会の潮流に飲み込まれ、いるはずなのにいないふりをすることによって、過去の孤独でみすぼらしい自分を抱きしめる者はいなくなってしまった

私を許せるのは私だけだったはずなのに

私の唯一の救いが私だったはずなのに

いつも肌に張り付いていた化粧は綺麗に落とされ、エリクシールの品のいいクリームが頬を覆っている


こんな文章を書いたとてまた明日には私は私のことを忘れてすっきり何事もなく生きていくんだろうな、という諦めと希望

怖い夢を見ずに寝られたらと思う

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