【ますきゃっとSS】 記録:胡蝶の夢 【 #NVQ4 #N_V_Q 】


 注意

 この小説は、合同誌『のら!ちゃん!べりべりきゅーと!4』に寄稿した小説に加筆・修正を加えたものです。
 本誌と違う内容になってしまうのですが、いわゆるディレクターズカット版のようなものだと考えてもらえれば良いです。


「記録:胡蝶の夢」


 私は、とある一人の量産型のらきゃっと。俗に言うますきゃっとです。
 本日は、私の最愛の友人と会う約束をしておりまして、私が予定の時間よりも一足先に来てしまったため、この待ち合わせ場所で待機しているところです。
 ……さて、どうしたものでしょうか。これまでの待機時間は五十分、約束の時間より三十分速く来てしまったので、もうあの人は二十分も遅れているということになります。
 何か事故にでも巻き込まれたのでしょうか。あの人は困っている人を見ると放っておけない性格です。本当に何か起こってしまっていたらと、そんな不安が続々と湧き出てきます。願わくば、早く来てほしい……。

「おーい!」

 そう思っていた矢先、私が待っていたあの人の、人間さんの声がしました。振り向くと私の待ち人である人間さんが、手を振りながらこちらに向かって走って来ていました。どうも、だいぶ急いだ様子なのか笑顔なのですがかなり汗ばんでいます。

 事故とかにあっていなくて良かった……。

 自分の思考を安定させつつ、いつもの様にからかいの姿勢に入ります。

「まったくもう、今度は一体どんなおっちょこちょいをしてしまったのですか?」
「ハハハ、いやぁ今日は単純に寝坊しちゃって……」

 笑ってはいますが、申し訳無さそうな人間さんの表情。けれど、その口から出てきた言葉に私は憤りを感じざるを得ませんでした。

「そうですか」

 私はそれを表面に出すことはなく、ふいとそっぽを向いてみせます。

「なら、早くお買い物にでも行きましょう」
「あ、ああ、ちょっと待ってっ」

 私の心配を一瞬で不意にしたんです。これぐらいしても文句はないでしょう。
 そう思いつつ、私は人間さんを置いて急ぎ足で歩いていきます。

「あ、あの~、もしかして怒ってます……?」
「全然」
「なら、なぜ一度もこっちに視線を」
「偶然です」
「……こ、この埋め合わせは」
「当然です。今からしてもらいますよ」
「はい…」

 ……このくらいで良いでしょう。そう思い私は人間さんに振り向いてみせます。
 人間さんは一瞬びっくりしたような顔をしていましたね。

「さぁ、早く一緒にお買い物に行きましょう。そして、少しでも長く一緒の時間を共有しましょう!」

 そうです、一日に流れる時間は24時間と限られているんです。今日一日は、人間さんは私のものです。どうして、こんなに楽しいのでしょう。どうしてこんなに嬉しいのでしょう。これに理由を付けるのだとしたら、そう。私は人間さんを―――― 



「――――愛しているのだから、ね」

 暗がりの部屋の中、周囲には質素で機械的なデザインの壁や床に、紙でできた資料や付箋など様々な物で溢れているその中心で、一人の研究者が一枚の古風なワイド液晶モニターを眺めながら、そこに映るものを見て嘲笑するかのように笑う。

「博士、失礼します」

 自動ドアのエア排出音と混ざった開閉音と共に、二十代半ばの助手が研究室に入ってくる。廊下の照明がまるで後光のようにつき刺しているが、博士はその光を見て、今が月標準時間の朝八時だと察した。

「おー、助手くんか。そうか、もう朝か」
「えぇ、一応我が社の出勤時間ですよ」
「我が社……ではなく君の、だろう?」
「…………博士には関係ありませんでしたね」

 そう助手はため息をつくが、彼の出勤時間は朝の九時。わざわざ一時間前に来る、助手の几帳面な部分を博士はまるで理解できなかった。
 所詮ここで出来る事は限られている。変に急いだところで、この研究は進展はしないのだ。
 窓から見える地球光が、ほんの少しのまどろみを感じさせる。

「それより、どうです? 実験体の様子は」

 出勤してすぐこの質問をされるのも飽き飽きだ。そう言おうとしたが、博士は思いとどまるぐらいには大人ではあった。

「ああ、あいも変わらず。人間さん、人間さんだね」
「へぇ……」
「まったくもって滑稽だよ。こんな正真正銘の箱庭の中で、何の誰でもないヒトもどき……いや、もはやゲームと言ったところか。ま、何にせよコレと恋愛ごっこに興じているんだからね」

 そう言いながら博士は、少し遠い位置にあるベッドに目を向けた。そのベッドには一体のアンドロイドがケーブルを繋がれて寝かされていた。それは量産型のらきゃっと、通称ますきゃっとと呼ばれる戦闘用アンドロイドだ。そしてその接続先は、縦幅約20cmほどの大きさの細長い黒い箱。これはかつて、一般的に普及していたPCだ。
 今、博士が行っている研究は端的に言えばこのますきゃっとのAI学習を従来よりも高精度に短縮化させるための実験である。
 資料には、この学習プログラムの導入で通常は学園に入学させて、3年という時間をかけて行う倫理的な思考や、戦闘学習をわずか48時間の学習で、ますきゃっとのAIを現代社会に送り込める程度には成熟させることができる見込みだ。

「ですが、なぜ恋愛なのです?  ますきゃっとは元来戦闘用アンドロイドですよ。恋愛なんてもの、この子には……」
「わかってないなぁ君は。だからこそなんだよ」

 如何にも小馬鹿にしたようなその言葉に、助手の訝しげな表情が博士を突き刺す。しかしそれに動じることはなく、博士は意気揚々と語り始める。

「人の持つ感情は、常に人間を動かし、この世界を動かしてきたモノだ。我々イムラも、その感情が無ければここまで肥大化は出来なかっただろう」

 助手は博士の語り草にまどろっこしさを感じつつも、聞くことにした。

「そして今の技術はどうだ、その感情を機械であるアンドロイドですら持つことができる。そこで私は考えた。ますきゃっとは本来戦闘用アンドロイドとしてロールアウトした。ならば感情を持ち、誰かのために戦う事に疑問を持たせず、自分を捨て石のように扱われても納得し、喜んでそれになるように教育するにはどうすれば良いのか」

 非情だ。あまりにも非情すぎる。助手はその言い草に圧倒されていた。それと同時に、心底肝が冷えていくのを感じていた。やがて己の中に芽生えた疑問を確信付けたいがため、助手は黙って話を聞くことにした。

「それはな、愛だよ。誰かを愛するという事それこそが、戦う事に繋がるんだ。護る為に戦う、人はかけがえのないモノを守る為に戦ってきた。先の大戦もそうだ」

 かつて起こった世界大戦、イムラが地球を制圧したおかげで、長く続いた戦いにようやく終止符を打つことができた。人類は新たな繁栄のために、今は英気を養わねばならない。その中で開発されたのが、このますきゃっとな訳だが……。

「だから私は考えた。これに守るべきモノや護りたいモノを創ってあげれば良いのだと。そうすればますきゃっとは純粋な戦闘兵器として、いや感情を持った一人の兵士として、より完璧な存在になるだろう。その為のコレなんだよ」

 そう言って博士はPCを軽く叩いてみせた。そのPCで行っていることは、その箱の中に一つの仮想現実を作り、あたかもその空間内を本物として恋愛を通し様々な経験をさせる。まさに箱庭とも言うべきだろうか。
 本当にただそれだけの事、しかし助手には疑問があった。

「……一体なぜ恋人が必要なんです? VR内で経験させるのなら戦争のほうが」
「もちろんそれも教えるさァ。だけど違うんだよ、さっきも言っただろ? 守るべきモノが要るって、その為の人間さんさ」

 在りもしない人物をそのますきゃっとの護りたいモノとして設定し、その人のためなら自らを犠牲にし、戦う事を選択させる。この上なく非人道的だが、そもそも相手はアンドロイドなので問題はない。しかし、多少なりともますきゃっとに対し思い入れのある助手の心境は最悪だった。

「それに、ね。私は見てみたいのだよ」
 そうにやけながら言う博士。魂胆が見えず、助手が黙り込んでいると、博士は続けた。

「もし、そのますきゃっとがこの夢から醒めてしまった時、どんな感情を持つのかを」
 ね? と、いやらしく笑う博士。助手は以前から博士に対して抱いていた嫌悪感に、ようやく確信めいた感触を抱いた。コイツは根本からして下衆なのだと。
 そして同時に、コイツの考えていることがわかってしまったことが何よりも屈辱的であった。
 どこかで恋人、家族、親友、あらゆる愛する人が自分を待っている。そんな甘い夢を現実のまま生きながらえれば、我々イムラにとって都合の良い兵士としてますきゃっとは戦い続けるであろう。しかし、その夢から醒めてしまったら……?

 それは一種のアイデンティティ・クライシス。精神崩壊を意味している。そしてその先に待ち受けるものはおそらく……。

 そこまで考えて助手は速くもここから立ち去りたい衝動に駆られた。とんでもない研究から目を背けたかったのだ。だがそこで気づいてしまった。

「夢? ……そうか、だからこの計画書の名前、あんな古い書物からの引用なんですか」
 助手は思わず、机の上にあった書類に目が入った。もともとこの言葉の意味を知っていた助手にとって、今のこの言葉は一種の呪いにしか見えなくなってしまっていた。
 その表紙にはこう書かれている。
 



 

量産型のらきゃっと 新教育プログラム開発案

『胡蝶の夢』

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