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変えが利かない存在を目指すイラストレーター「お客様から依頼を受けた時がワクワクする」 ーしのはらえこさん

松本へ旅行にいった際に立ち寄った文具店「手紙社」。壁いっぱいに100枚以上のポストカードが並ぶ中で、手に取ったのがしのはらえこさんが描いた作品だった。温かみのあるカラフルな色使い。これだけを聞くとポップな印象を思い浮かべるのではないか。ただ、えこさんのイラストにはどこか哀愁が漂う。元々はBtoBの大手インフラメーカーで海外駐在を経験するなど全く今とは異なる世界にいたが、そこからイラストレーターに転身し、大手出版社の書籍イラスト、川崎の駅ビルアトレの広告メインビジュアルを手掛けるなど数々の作品を世に届けてきた。えこさんは美術大学や美術の専門学校に通ったわけではないという。どういうきっかけで彼女はイラストを仕事にしたのか。イラストレータとして活躍するまでの道のりを聞いた。

プロフィール:しのはら えこ
イラストレーター。1988年生まれ。早稲田大学教育学部英語英米文学科卒業。メーカーやイベント企画会社で勤務した後に、2019年よりフリーランスとしてイラストレーターの活動を開始。商業施設「アトレ川崎」のシーズンイラストを担当する他、書籍、雑誌、グッズ制作など活動の場を広げている。色鉛筆を使った柔らかなタッチのイラストレーションを描く。第7回東京装画賞入選。

えこさんのイラストが使われたアトレ川崎のショーウィンドウの写真

しのはらえこさんのInstagramより

一見するとデジタルに見える 色鉛筆で描かれるイラスト

──今までイラストレーターとして書籍、雑誌、広告などで様々な仕事をされてきたと聞いています。

しのはらえこ(以下えこ):最初の仕事はKADOKAWAさんからお声がけをいただいた『海でギリギリ生き残ったらこうなりました。進化の不思議がいっぱい!海の生き物図鑑(KADOKAWA発行/鈴木香里武著)』のイラストです。きっかけはインスタグラムに直接ご連絡が来たことでした。私は最初からイラストを仕事にしていたわけではなく、元々は企業勤めをしていました。KADOKAWAさんから依頼があった当時は、仕事がうまく行かず落ち込んでいた時期に重なります。働くことが向いていないのではないか、と感じてどん底の気分を味わいました。だからこそ、求めていただけたことが非常に嬉しくて。二つ返事でお引き受けして、ワクワクしながら書き上げました。この仕事がなかったら、現在のイラストレーターとしての私はいなかったかもしれませんね。

──最初にイラストを見た時に色鉛筆で描かれた絵だと気づくことができませんでした。

えこ:確かに「色鉛筆だと思わなかった」と言われることがよくあります。アナログな画材であっても、シャープなタッチですっきりとした印象になるように意識して描いています。そのこだわりが結果的にデジタルっぽく見えることに繋がっているようです。

──イラストはずっと描かれていたのですか。

えこ:子供のころから絵を描くのが好きで、趣味として描いてきました。大学進学時に美術の道へ行くこともよぎったのですが、金銭的な事情もあり、得意だった英語を活かした進学先を選びました。その後、新卒で入った会社も英語繋がりです。海外で働ける可能性があったのが決め手で、プラントや航空機用エンジンを作っている大手メーカーに就職しました。実際に海外駐在も経験しましたし、充実していたと思います。それと同時に、なんとなくこのままでいいのかという気持ちを感じて、転職に踏み切りました。1社目が数千人規模の会社だったので、2社目では対照的なスタートアップの会社に。でも、環境も大きく異なる中でうまく行かず、働く自信をなくして苦しんだ時期を過ごしました。最終的に仕事をお休みし、生まれた余暇で趣味だった絵を描いてインスタグラムに投稿し始めたところ、運よく先ほどの図鑑でイラストを書かないかとお声がけをいただいたのです。

お客様の要望を大切にするのは「誰のためのイラストか」を考えるから 

──えこさんのイラストは女性モチーフが多いように思います。

えこ:イラストレーターとして活動し始めた当初から、広告、特にファッション系の仕事に興味がありました。そのため、女性のイラストを多めに発信し、流行を研究してイラストに取り入れることを行っていました。具体的には複数の他の方が描いたイラストをみて因数分解をします。色の使い方、形の取り方、影の使い方の特徴を考察したり、ターゲット層を想定したりしながら絵を見ていくと発見があります。ただ、分析というのは誰でも量をこなせばでき、理解できれば真似ができます。だからこそ、唯一無二になるための自分らしさを確立することはとても重要だと思います。

私が意識しているのは、心情が読み取れるイラストにすることです。色鉛筆のタッチは温かさを感じやすいですが、反対の要素である人間の影を感じる空気感を纏わせたいと思っています。私自身が感じた、ふとした感情の揺れを物語として感じてもらえる作品を目指しています。

──感情の揺れというのはどうやって表現するのですか。

えこ:着想の段階で登場人物の気持ちを考えることから始まります。背景にどのようなストーリーを纏わせるのか考えてみるのです。

また、自分自身の育った環境も影響していますね。子供の頃にフランスに住んでいた時期があります。渡仏した当初、フランス語は当然喋れず、周囲との壁を感じていました。だからこそ、一人で過ごす時間も大事で、ぬいぐるみと会話して空想の世界を楽しんでいました。ストーリーを想像して、自分で楽しむという経験がイラストにも生きているのだと思います。

ただ、物語を作品に反映しすぎると説明的な絵になってしまいます。なのでイメージを想起することも重要ですが、一方で引き算して余白を作るように試行錯誤しながら制作に取り組んでいます。「目は口ほどにものを言う」とも言いますが、対人コミュニケーションにおいて表情、つまり、目つきや口元からも多くの情報を得ていますよね。人間らしい感情の揺れは視線などの本当に細かな部分に心血を注いで表現をしています。

──えこさんは自主制作のほか、クライアントからの依頼でイラスト制作もされますよね。クライアントの方がいることで制作時に意識することはありますか?

えこ:自分の特徴はどちらの仕事でも大切にしています。ですが、クライアントワークではお客様の要望も同時に重要視しています。それはクライアントの方が、クライアントの伝えたい相手についてより深く理解していると考えているからです。なので、お客様からきた修正依頼を拒否することは基本的にありません。ただし、自分らしさに関わる部分はそのまま飲み込むのではなく折衷案を提案することはよくありますね。

例えば、どのくらい笑わせるか。第一印象のポップさを気に入ってご依頼をいただくことが多いからか、もっと笑顔に、と修正要望を受けることが頻繁にあります。本来はちょっとした暗さや静寂を感じるのが私の作風です。なので、満面の笑みではなく微笑みで留めるなど相談しながら仕上げていきます。

──クライアントワークとしてイラストを描く時に大切にしていることを教えてください。

えこ:当たり前かもしれませんが、コミュニケーションを取ることです。仮にお客様が「お任せで」といっても、これは譲れないというものを必ず持っているはずです。

依頼を受けて制作に取り掛かるときには、通常だと打ち合わせで認識を擦り合わせることからスタートします。ですが、先日急ぎの案件において、メールだけのやりとりで制作に取り掛かったことがありました。途中で認識齟齬がわかり、想定以上の時間がかかってしまい、今でも悔しく思っています。お客様の期待値を超えるためには、事前の意識合わせが大事だと身に染みました。

──打ち合わせではどんなことを聞くのですか。

えこ:全体のイメージ、カラー指定、ターゲット層の確認、イラストの男女やモチーフの指定有無。とにかく思いつく限り全部を聞きます。加えて、NGなことも確認します。例えば、モチーフで使えないものはないかなどです。商業施設の案件なら、お店として使って欲しくない絵柄の有無など配慮すべき点がないかも確認しますね。

思うように活動できなくなったからこそ、自分を見直す機会に

──そもそもイラストの制作はどのように進めていくのでしょうか。

えこ:最初はスケッチブックに棒人間レベルのラフを量産します。それをスマホで写真に撮り、タブレットに取り込んでからデジタルで線画にしていきます。最初からデジタルで描くこともありますね。線画ができたら色ラフを行います。色ラフは簡単にいうと塗る色を決める作業です。私の場合は、塗る色を全て決めてから本番に臨みます。仕事の場合には色ラフができ上がった時点で、お客様に確認していただきます。なぜなら、この後の段階では修正が難しいからです。その後、線画を実寸サイズでプリントアウト。トレース台にプリントしたものを置いて、上から用紙を重ねて色鉛筆で色をつけて完成です。

──色を塗り始めて失敗した時は大変そうですね。

えこ:最悪の場合は着色段階をまっさらな状態からやり直しです。これでいいやと妥協したくなくて。プロとして完成度が高いのは絶対条件だと思っています。色のピッチの正確さ、人物表情の細やかさ、色の境界線の丁寧さは見直せば見直すだけ良くなります。努力してクオリティを上げられる部分を惜しまないようにしています。

──色のピッチというのはどういうことでしょうか。

えこ:色鉛筆で塗り上げていくと、細かい模様のようなものが表れます。この色鉛筆ならではの模様が揃っていないと、均一に見えずに納得のいく完成度になることはありません。タッチを揃えるためには色鉛筆の削り方までこだわります。塗る時も筆圧を考え、塗り進める方向に気を配り、一定のリズムで描くことが必要です。違うメーカーなら芯の硬さが異なるというのはイメージできると思うのですが、実は同じメーカーでも色が違うだけで硬さが変わるのです。自分の扱う画材の特性を細かく理解して、これを使うときにはこの太さ、この筆圧など最適を考え抜いてから塗り進めています。着色中、頭はフル回転です。

常に100%の力を出せるように頑張っています。でも、こんなこといったらプロ失格と言われるかもしれませんが、自分の最高の絵を描けたと思えることは年に数回あるかないかです。テーマ、世界観、モチーフ、配色、余白.......。全てがガチっとハマることは限りなくゼロなのです。1ミリ未満のズレで「なんか微妙」となるくらいに繊細なものです。だから、常に後悔があるというか、もっとよくできたはずと思っているイラストが多くあります。特に仕事として描くイラストはお客様がいて納期がある中で追求していくので難しさがありますね。

──今後の目標を教えてください。

えこ:実は、2022年3月から家族の都合でインドネシアに滞在しています。いずれ日本に戻るのは決まっているのですが、時期は未定です。海外だとどうしても活動が制限されることもあります。例えば、日本で開催される展示イベントの参加はなかなか厳しいですし、ポストカードなどのグッズ化の仕事は現物確認がタイムリーには難しくて厳選せざるを得ません。日本にいた時は気軽にやってみようと挑戦できたことも、今はハードルが高い状態です。5年間、もがきながらも順調に活動してきたところで、仕事の幅が制限されました。それが壁となり、自分と向き合う時間になっています。悩みが尽きない日々ではあるのですが、イラストレーターとして自分の価値を見直す時期だと思います。

今後は、仕事の中心として取り組んできた広告案件の他にも、様々な挑戦をしたいと考えるようになりました。例えば、書籍関連の仕事もっと増やしていきたいですね。また、いずれ帰国したら個展を開いて絵やグッズを販売することも考えています。代わりが利かない存在としての「しのはらえこ」のブランディングを作り上げられたらと思います。

イラストレーターの友人との間でよく話題に上るのが、「仕事のフェーズでどこで興奮するか」です。私は完成が近づいた瞬間もテンションが上がりますが、実は依頼をしてもらえた時が一番ワクワクします。イラストの世界は流行が早く、勢いがある人が選ばれる世界です。だからこそあっという間に支持もされなくなる。長く活躍するためにも自分らしい唯一無二の特徴というものを磨きあげる必要を感じます。

このインタビューはさとゆみライティングゼミアドバンスクラスの最終課題として2023年10月に実施したものです。トップの画像は文具店「手紙社」にて購入したポストカードを写真に撮って利用しました。

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