【超短編小説】「コード:010」

サイボーグなんてものは実際に存在するものかと疑われた時間軸はとうの昔の話なわけで。
突如街中に現れた自称遠くからやってきた人の「MEI」。連日ニュースで取り上げられては信ぴょう性のないようなうわさ話や人類崩壊の危機、地球侵略などなど聞き飽きるような内容ばかり。話題をかっさらうためのものだろう、そう考え、信じることはなかった。
…………だったはずなのに。

(おいおい、なんだありゃ……)

都内の大学に通うため、代わり映えのない白線を踏んでいた時のこと。妙に人だかり、それもテレビカメラやスマートフォンを向けた人ばかりの光景に驚いた。
このご時世に、しかも堂々朝っぱらに。何か事件でも起きたか、と嫌な予感はそこまで的中せず、ふっと覗く程度にしようと遠くから背伸びしたところ。
ドーナツ状になった人の輪の中には、一人のかわいらしい……というべきか、女性が佇んでいた。
その表情は困っているようにも見えず、どこか嬉しそうに微笑んでいて……。
中には自撮りや黄色い罵声を浴びせるものまでいるようだ。緊急事態ではないが、あまりの事の大きさについつい僕まで正体を知りたくて輪の中に入ってしまった。
周囲を引き寄せるようになびくエメラルドグリーンの長髪に銀色のメタリックボディ、鋭く刺すブルーの瞳……。間違いない。あれが世間をざわつかせている「MEI」だ。
どこからどう見ても普通の人間だし、コスプレ……をするにはまあギリギリセーフかなってくらいの顔立ちはしてるし。まあでも実際に肉眼で見てみると、美しいということは伝わってくる。
周囲の声をかき消すように、”MEI”と名乗るサイボーグは言葉を発した。

「ですから、私は悪のために働いているわけではありません」

冷徹な瞳がカメラを突き刺す。フラッシュが焚かれた彼女はまるでモデル……じゃなくて。一人の人がどうしてそこまで大事になっているのか。疑問を抱きつつ、ゆっくりと輪から離れ、大学へと足を運んだ。

「なあ昭人、聞いたか?メイは善意でここにいるらしいんだけどさ」

「今日立ち寄ったよ、人多すぎだろ」

「マジ!? 写真撮った!?」

「いや、ちょっと人多くてね、スマホ取り出す暇すらなかった」

学食でうどんをすすりながら友人の俊介に今朝の出来事を話した。
人混みの中、かなりセンセーショナルな話題はどこかしこからも飛んできていてまるで本当に世界が終わるみたいな雰囲気だ。

「まっじかよ、きれいだったろ?」

「まあそれなりには」

「いいなー、俺もちょっと会ってみたいぜ」

ただ、本当に疑問が残ることは「彼女のやるべきこと」だ。
連日メディアに報じられているのはただの出まかせで、彼女自身がやりたいことは語られていなかった。

僕は何となく感じ取ることができる。
……彼女は、困っていたと。

その翌々日。大学からの帰り、彼女を見かけた。周囲には人がおらず、どこか身を隠すようにして歩いていた。
ふと様子が気になったので、話しかけるようにした。

「……あのー」

「はい」

彼女は困った様子もなく、こちらの返事に呼応してくれた。
その時、彼女はこちらの表情をじっと見つめながら__手をこちらへ差し伸べた。

「あなたはあまり悪い方ではなさそうですね」

「? うん……っ」

暖かいと思われた彼女の素肌からは氷のような冷たさしか感じられなかった。
……まさかとは思うが、本当に……。

「……驚きましたか? 私は紛れもなく、サイボーグなんです。松本昭人さん」

「ど、どうして僕の名前を……」

「……データベースに」

「は、はぁ」

どうやらバイオメトリクス認証のようなものですぐに解析できるみたいだ。さすがというか、すこしばかり怖い気もするが。
警戒心がわずかばかり解けたことを感じ、聞きたかったことを伝える。

「メイはどうしてここに来たの?」

彼女は目を伏せ、呟くようにして吐いた。

「私は、日本のブラックハッカーと戦うために秘密裏に開発されたサイボーグです。
 そのため、世間一般の目には触れられつつも任務を遂行することは口外していません」

「……じゃあ、どうして僕には?」

「特に危害を与えなさそうな方には、聞かれたときには答えています」

加えて「私は心が読めるので」、と付け足す。

「そっか。なら僕は__」

「だからといって、言いふらしていいわけではありません」

急所を刺すかのような冷たい視線が僕を貫く。
このサイボーグは……話しかけていいものではなかったかもしれない。
そう思うと、だんだんと目の前の存在が怖くなってきた。今更知らないほうが良かったというか、”善意でここにいる”という意見は間違ってはいなかったのだけれど。

「……わかった。約束するよ」

「そう言っていただけるのならば、大丈夫です」

表情は変わらず固いままで__。
しばらく放心状態になっていたが、肝心なことを忘れていた。

「……写真撮るの忘れてた」

ブラックハッカーと戦う、と僕だけではないけど言ってくれたあのサイボーグの存在。
日に日にメディアに露呈する回数は減っていったが、ある日を境にぷつっと切れてしまった。
海外逃亡していたハッカー集団が摘発され、盗難された資金源が返ってきた、というニュースだ。
テレビやインターネットでは、「MEI」との関係を疑う報道でいっぱいになった。世界を救ってくれた、ヒーローだ、と数日前とは一転して勇者扱い。
……ただ、僕に直接語ってくれた「心が読める」ということは全くわからなかった。そもそも、それが夢物語だったのかも。
でも、僕の心にはメイがまだ生きている。

自分にしかわからない、たった一つのコードが。

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