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お小言

「チュン」

ハムスターの鳴き声である。成る程どうやら彼らは小鳥のような声を出す。
元来ハムスターは無口なタチで、クシャミの音や、どこかから落ちたり驚いたりといった「緊急事の一声」以外はなかなか耳にする機会がない。小学生の頃に学校のハムスターを引き取ったのを最初として、これまで数匹のゴールデンハムスターと過ごしてきたが、一緒に暮らしている間についぞその声を聞く機会なくお別れとなった者もいた。

そんな中、しばしば人に話しかけてくるハムが1匹いた。
背中の白い部分に茶色の斑点が一切なく綺麗に真っ白だったことから、「むじ(無地)」と呼んでいたオスのハムスターだ。

夜行性の彼らは、たいがい夜の7時頃からガサゴソと活動を始める。
そのタイミングに合わせて、ケージの掃除をして餌を入れ替え、小部屋などを少し歩かせる(「へやんぽ」などと呼ぶ)のだが、たまにこちらの都合で少し早めに、──つまりは彼らの眠りを邪魔するような形で── お世話を始めることがあった。
大方のハムたちは、迷惑そうにチラリとこちらに目をやるとまた夢の中へ戻っていったが、むじは違った。
寝ぼけ眼と畳まれた耳(ハムスターは眠る時に耳を綺麗に折りたたむ)のまま寝床からのそのりと起き出し、ケージの扉までやってきて「チュン」と鳴くのだ。
そうして、やれやれという様子でまた寝床へ戻っていった。
それは行司の「物言い」のようであった。
「今日はまだ早いのでは?」と一言こちらをたしなめるハム殿。

その声に返事をすると、もう一声返してくることもあった。会話が成立したようで、なんとも嬉しくなる。子供の時分、ネズミと言葉を交わすシンデレラをうらやましく思っていたが、あれはおとぎの国だけの話ではないのだな。

「ハムスターは無口」と思い込んでいたが、こちらが聴く耳を持ちさえすれば、案外相手も語る気になってくれるものなのかもしれない。

思い返せば、声を発さずともハムスター達はみな饒舌であった。
夜中にガラガラと回し車で走っていたのに、こちらの気配を感じるとピタリと辞め、存在感のある静寂と視線で訴えかけてくる者(ケージの外での散歩を所望)、かと思えば散歩に飽きるとそばに寄って来て見上げる者(さながらヒッチハイクのように、こちらが差し伸べた手に乗ってケージへと帰っていく)などと、いつも彼らは語りかけてきた。

「意思の疎通ができないネズミなんかと暮らして何が面白いのか」
と、人に言われたこともあるが、彼らはそれぞれの個性であれこれ考えて話の通じない我々にメッセージを送ってくる。その姿が愛おしい。

言語なしの意思伝達が不得手なこちらの方がよほど鈍い生き物にさえ思える。そして、彼らの考えをうまく受け取れた時はじんわりとした達成感があった。またひとつ言葉を交わせたな、と(それが正解であったのかは一生わらかないのだが......。そう、いつだって答えを知っているのは「彼ら」の方なのだ)。受け取る側が感度を上げれば、もっといろんな声を拾えたのかもしれない。


さて、かくしてむじが何度も同じように鳴きにくるものだから、こちらもお詫びの気持ちを示さねばと、彼が出てくるとひまわりの種をひとつ粗品のごとく渡すようになった。彼がそれで手打ちと思ってくれたかは不明だが、こちらも事情あっての早めの清掃であるし、まあ悪くない交渉だったのではないかと思っている。

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