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天は二物を与えない、なんてことはないだろうと菅田将暉を見て思う

YouTubeで音楽を聴いていた。いい曲だなと思って画面を見たら、菅田将暉だった。度肝を抜かれた。演技だけでなく歌もうまいのか、と。

見目麗しく

演技力も高く

歌もうまい

あとは多分ではあるが

性格も良さそうで

コミュニケーション力も高そう

おいおい天よ、菅田将暉に何物与えるのだ。

この世には一物だって持っていない人間も多いのに。


とはいえ、菅田将暉を見て改めて実感しただけで、長年生きれば誰でも気がつく。天は持てる人間に何物でも与える。人間は全く平等ではないと。

おおっと!「だからこの世は不公平だ!滅!」みたいなことを言うつもりはない。というか、まぁこの世は不公平なんですが、それはまぁそうなんちゃう?くらいなもんです。ちゃうちゃうちゃうんちゃう?くらいの軽さ。

世の中の不公平に怒れるほどの情熱は私にはなく。もちろん教育機会とか平等であってほしいところはあるけれども、不平等もそう悪いもんじゃないなと。言い換えれば多様性なのかも知れないし。まぁちゃうかもしれんけど。ちゃうちゃうちゃうんちゃう!

そもそもで天から一物与えられても生かせないケースだってあるでしょう。これはまぁフィクションなんですが、以前私が勤めていた会社に、めちゃくちゃキレイな顔をした生物学上オスの先輩がいたんですね。まさに天が与えし一物!

見目麗しさを存分に生かせる花形部署にいたんですが、その先輩、他の面がとんでもなくアレでして。まず仕事は全くできないし、かといって性格がよいかと言われるとそんなことはなく。さらに見目麗さが培ってきた高きプライドも相まって、社内でも一躍(悪い意味で)有名人に!

仕事中に腕まくりしたら、下に着ていた薄手の服がぐしゃぐしゃになってしまいそれがどうしても直らないと仕事もせず半泣きで苦しむ……そんな先輩はめでたく二年ほどで花形部署を卒業し、地下にあるはみ出しものが集められし部署へと抜擢されていきました。むしろ会社はよく二年も待ってくれたな〜!と感心したものです。

地下に行ってからも先輩は相変わらずで、ミスをして人の足の上に電池の塊を落とし、痛がる私を見て「ぷぷぷ、その跳び跳ねてるの面白いな〜」と、ピュアに笑っていました……とりあえず痛む足を押さえながら呆然と先輩を見上げると、そこには天に与えられし麗しき笑みがあるわけです。そうすると不思議と許せる気になるんですよね。ま『※ただしイケメン限る』ですけど

……ってなるわけないだろ!!イケメンもブサメンもモサメンもラーメンもタンメンもないわい!!!!!謝らんかい!ごめんを言えないやつはどんな顔面だろうと麺類だろうと許さんからな!!このアンポンタンが!!!

世の中の不公平にはキレないけど、我が身に何かが降りかかったら即座にキレる。そういうちっぽけな人間ですよ、私は。

とりあえず、このような経験……いえフィクションの例もありますし、一物あったところで生かせなければ豚に真珠。だから菅田将暉はじめ、一物二物以上与えられ、さらにそれを存分に生かす努力をする人は本当にすごいと思うわけです。

まぁ、かくいう私も神から『左手の血管を止められる』という一物を与えられておりまして。へへへ。その能力を磨いた結果、今や好きなときに血管を止められます。見せた人間は全員「うわっ、気持ち悪い」ともれなく称賛の嵐!

ちゃうねん。キモくはないでしょ、ね?ちゃうって!ちゃうちゃうちゃうんちゃう!?

いくらなんでも神様、私の一物が雑すぎませんかね……?

(今日、ちゃうちゃうちゃうんちゃう言いたいだけ)

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