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【 雑文 】ガブリエル・ガルシア=マルケスの読み方

『 百年の孤独 』の文庫本が発売された。
ものすごい売れゆきだそうだ。
おもしろい小説だとは思う。
日本人にここまでウケルとは想像もしていなかった。

苦虫をかみつぶしたような、ふざけた候補者ばかりで投票先がないような顔をして、姿勢をただし、まさに文を学ぶ必死な形相にて小説を読む日本人にミートする小説家だとは思っていなかった。

日本のおえらい批評家たちには評判のよい作者ではない、と書かれていたのを覚えている。
筒井康隆氏のあとがきにて、そのことについてふれられている。
アンポンタンな批評家が嫌いな氏なので、ホッペと腹にパンチを何十回かねじりこんでやりたいね、と書かれており笑いをさそわれた。

ガブリエル・ガルシア=マルケスは、日本の作家にも多大な影響をあたえた作家だ。
中上健次は影響をうけた日本の作家の一人だといわれている。
中上健次の和歌山の一地方を描いた大河小説と『 百年の孤独 』はどこか似たところがあるナとふと思いついた。

また、ガブリエル・ガルシア=マルケスに影響をうけ、のちにノーベル文学賞を受賞した大江健三郎も日本の批評家に好かれていなかったと聞いたことがある。
わたしも正直にいうと大江健三郎はあまり好きではない。
けれども、ガブリエル・ガルシア=マルケスは好きだ。
文体が好きだ。

南アメリカの喧騒と狂乱、逸脱、反骨、怠惰がみっちりと書きこまれた文体。
夢と幻をねちっこく、しつこく、こまかく、綿密に描写していくと、実体として勃起してくる。
そんなこともあったかもしれない、いや、そんなこともあったんだと納得してしまう。
ガブリエル・ガルシア=マルケスの文体は、マジック・リアリズムといわれている。
ガブリエル・ガルシア=マルケスは、そのようにいわれるのを嫌っていたと『 百年の孤独 』のあとがきに書かれていた。
じっさいに、南アメリカにあったことを書いたんだ、とガブリエル・ガルシア=マルケスとインタービューにこたえている。
読んだ感想としては、ほんまかいな、と思わないでもないが、作者があったといわれるのならば実際にあったことなのだろう。

牛がベッドのうえにいたり、ホルスタインの乳房ぐらい金玉がでかくなったり、借金のかたに窓からみえる海を売りはらったり、そんな出来事が南アメリカにあったんだ。
書かれていることは、実際にあったことなんだ、と信じこむことが、ガブリエル・ガルシア=マルケスを読むコツです。

ガブリエル・ガルシア=マルケスが、書いている文章を読んだ。
そんなことねぇよ、噓八百だ、くだらねぇ、意味がわからない、と思われたかたは、ガブリエル・ガルシア=マルケスとの相性がわるいと思う。
ただ、もしかしたら、わたしが書くガブリエル・ガルシア=マルケスの読みかたを試してみると読みきれるかもしれない。

さっそくガブリエル・ガルシア=マルケスの読みかたをご紹介しよう。

まずハンモックをつるす。
ヒモ状のものよりも、布のハンモックがよい。
また、ハンモックに寝転ぶときは、まっすぐに寝転ぶのでなく、斜めに寝転ぶ。
そうすることで、ハンモックがひろがり、頭と足の先がピンッと固定される。
そして、文庫本をもつ手をハンモックがささえてくれる。
ぶ厚い文庫本を長いあいだ読んでも疲れなくなるのである。

つぎに、できれば木陰などにハンモックをつるし自然の光と風をかんじながら読むのが一番だ。
木綿のシャツをきて、汗を1㎜ほど着こんだほうが感じがでる。
しかしながら、暴力的ともいえる日本の気温。
南米よりも過酷かもしれない日本の夏。
エアコンのよくきいた部屋で読むしかないのかもしれない。
そういえば、物語のなかに日本の文字をみつけた。
やっかいな病気の羅列として日本の脚気(かっけ)と書かれていた。
脚気は世界共通の病気だと思っていたが、ちがったのだろうか。

つぎに飲み物を用意する。
おおきめの氷をガラガラとバケツにいれる。
そして、シャンパンを氷のはいったバケツにつきさす。
お金に余裕がないかたは、スパークリングワインでもよい。
チワワの甲高い鳴き声ほどにシャンパンをしっかりと冷やしておく。
シュワシュワとはじけるスパークリングワインを飲みノドの渇きをうるおしながら、ガブリエル・ガルシア=マルケスを読む。
フローズンダイキリなどクールなカクテルとの相性もよい。
冷たいお酒だけでなく、こってりとヘビーなブランデー、もしくはキャラメル色のラム酒などもよき。

つぎに尿意をかんじたときのために、純金のオマルを用意しておく。
純金のオマルを用意できないひとは、ふつうのオマルでも可。
47個ほどのオマルを用意しておけば完璧だ。

ガブリエル・ガルシア=マルケスを読む準備はできた。
あとはハンモックにゆられながら、文庫本をひらき、文字をながめ、書かれている光景を頭で思いうかべ、脳のシワに刻みこんでいくだけだ。

『 族長の秋 』は、どこから読んでもよい。
好きなページから読めばよい。
そして、読んでいると眠くなることもある。
そんなときは文庫本をふせ、目をつむり寝る。
すぐには寝れないだろう。
目をとじていると、『 族長の秋 』に書かれていた映像が黒いシーンに映しだされる。
オウムが舞いおどり、ジャガーが荒野を疾走し、B級映画のようにサメが陸地をあるきまわる。
夢と現実、幻と触感のはざまのたまゆらのまどろみ。
思考のたわむれ。
眼をとじ、ハンモックの揺れに漂えど沈まず。
空中にしみいるように意識をてばなす。
車が惰性がうごくように、脳も惰性でうごく。
あなたの意識のカセからとき放たれた脳は、あなたが想像もしない想像の翼をひろげたり、アリを虫眼鏡で焼くような残虐性をみせたり、嫌いな人間を花火として打ちあげる嗜虐性をかいまみせたりする。
あなたの意外な一面をかいまみれる、それがガブリエル・ガルシア=マルケスのマジック。

目をさますと、コタツに水分をぬかれたようなけだるさや、サウナからでたばかりの爽快な気持ちなど、さまざまな化学反応が体と脳におこる。
覚醒した脳と目でふたたび文庫本をよみふける。
読む、夢を見る、寝る、起きる、読む、夢を見るを、くりかえしているといつのまにか、ガブリエル・ガルシア=マルケスを読みおえているだろう。

『 族長の秋 』はどこから読んでもよい。
『 百年の孤独 』をはじめて読むときは、最初からしっかりと読んだほうがよいと思う。
『 族長の旅 』は、登場人物の名前にくるしめられることはない。
『 百年の孤独 』は、登場人物の名前におおいに苦しめられることになる。
『 銀河英雄伝説 』にハマっていたわたしでも、『 百年の孤独 』の登場人物の名前をおぼえるのに苦労させられた。
ウルスラという女性の名前をおぼえておけば、物語の終盤までは問題ないと思う。
あとは、アウレリャノとホセの二人は、ストーリーの骨格をなす。
ただ、この二人の名前は代をかさねながら受けつがれるので、いま何代目かを把握しながら読むとよい。
アウレリャノにいたっては17人に増える。17人なんて、とてもおぼえられないぜ、わかります、わかります。
だいじょうぶです。17人のアウレリャノは、とても面白い結末をむかえます。

ガブリエル・ガルシア=マルケスを読むコツは、書かれていることをそのまま感じとる、そして信じる。
ハンモックと酒、オマルを用意する。
眠くなったら文庫本をとじ寝る。そして起きてまた読みふける。
いつかは、きっと読みおえられるはず。
唯一無二の文体で書かれたガブリエル・ガルシア=マルケスを思う存分にたのしんでください。


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