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長編小説②:捜査開始

かっくらいこんだ豚丼を吐きもどしている。 
細くきられたタマネギ。胃液をまぶされた豚肉。ジュンサイのようにトロりとした紅生姜。 
豚丼を吐きもどしきり、さらに赤と黄、白い液体が混ざりあった酸っぱい匂いを漂わせている胃液までを吐きもどしている部下のツヨシ。 
ツヨシが胃の内容物を吐きもどす気持ちもわかる。とがめる気にはならない。 
警察学校を卒業して20年。いままで見てきたなかでもっとも悲惨な姿のガイシャだった。 
広範囲に血がまきちらされており、さらに顔の一部であろう、骨や歯、肉までもが公園中に飛びちっている。  
長靴をはき、ゴム手袋をはめた部下たちが、ガイシャを構成したものを集めている。 
黒いカラスが、なにか赤いものをくわえ、青空に飛びさっていった。
 
第一発見者を聴取していた部下のジュンコくんが駆けよってきた。 
肩のあたりで切りそろえた黒髪。太陽の光があたると精悍な天使の輪がひろがる。 
眉毛は細く。切れ長の目。自由の女神のタイマツのように凛呼とした鼻すじ。 
吐きけをこらえるために、きゅっと結ばれていた唇がひらく。 
警察学校を卒業して5年。よく物事にきづき、きくばりができる優秀な部下のジュンコくんが報告してくれる。 
第一発見者は、週末にだけ公園にきてホットドッグなどの軽食を販売する移動販売の店主だった。 
脱サラしたものの、売りあげはいまいち。
むっちりというよりも、ぽっちゃりとした体形。
それほど暑い気温でもないのに、ずっと額からにじみでるタオルでふいていた。 
凄惨な光景をみたあとだ。男よりも、女性に調書をとらせたほうがよいと考えた。 
けれども、女性になれていないようで、調書をとられているあいだずっと緊張しているようだった。 
第一発見者の発言は、時系列がとび、話の要点がわからない。
ぜんぜん怖くない怪談。金をかえせと座布団を投げられる落語のようだった。 
調書をとっているジュンコくんが、落ち着かせようと優しい声をかけているが、いっこうに効果がなかった。 
 
「へい、店主、ケチャップには、これから不自由することがないな、HAHAHA」と緊張をほぐすために一発かますべきだったか。 
おそらく、不謹慎だと始末書を書かされるハメになっただろうな。 
 
ジュンコくんの報告をまとめると、ガイシャを見つけたときには、すでに現状とおなじだったとのこと。 
 
豚丼を吐きもどしていたツヨシがドタドタとやってきた。 
柔道の寝技をしっかりと練習した証拠であるゲンコツのような耳。 
奈良と広島の街を自由に闊歩する動物のような純粋な目。 
酸っぱい匂いをただよわせている口は、オカメのようにちいさい。
オカメのような口のはしからは、黄色い汁がたれている。 
その汁を、白いワイシャツの袖でぬぐった。
ナポレオンが、袖で鼻をぬぐわせないためにボタンをつけたときいた、口はぬぐえるのだなとおもった。

警察学校を卒業して10年のツヨシが、ガイシャの所持品をつたえる。 
「所持品はふたつ。2千円ちょっとしかいれられていない財布とラブホテルのマッチだけスっ」
スっをつければ、尊敬語になるわけではない、と何度も注意したが、3歩あるくたびに「スっ」をつけだしたので注意することをあきらめた。

アゴに手をやり思案する。
モノトリに殺された可能性はひくそうだ。 
ホシは、身内の可能性がたかい。 
肉親か、連れ合いか、恋人か。 
事故の線もあるか。 
 
この事件は単純だ。 
凶器はわかっている。電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物だ。 

著者が、作中に登場するのはよくない。
けれども、これからずっと電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物を読まされる読者が作品を読むのをやめてしまう恐れがある。
そこで、刑事は電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物を凶器とよび。
女性は、神具、もしくは救世主と書かせてもらう。
著者からのお知らせでした。

凶器でガイシャの頭をこっぱみじんにくだいた。 
凶器の構造はわからないが、おそらく頭をこっぱみじんにするほど動くことはないだろう。 
あとで調べてみないとわからないが。 
であれば、凶器をもちあげてガイシャの頭にたたきつけたのだろうか。 
金の文字のまえかけをした武将であれば、可能かもしれない。 
それでも、金の字でも1度か2度ほど、ガイシャの頭にぶつけるのがせいぜいだろう。 
こっぱみじんに頭をくだくには、凶器を何度も頭にたたきつける必要があるはずだ。 
ハンバーグをつくるために包丁で肉を叩くように。
なんど凶器をたたきつければ、頭がこっぱみじんになるかも調べなければならない。 
 
ガイシャの身元の確認も困難だ。歯の治療履歴はつかえない。 
指紋はのこされている。
けれども、犯罪をおかしていないとまったく指紋は役にたたない。 
だいたいの身長はわかる。赤い液体を洗い流せば服も判明するだろう。 
身長と服の情報を公開すれば、ガイシャの情報があつまるかもしれない。 
 
この事件は単純だ。 
凶器はわかっている。 
けれども、どのように、ガイシャをどのようにして殺めたのか、それがわからない。  
 
ちかくに監視カメラが設置されていないか調べるように部下たちにつたえる。 
そして、ジュンコくんに現場をまかせ、ツヨシが運転する車にのりこむ。 
ガイシャがもっていたマッチに書かれていたラブホテルへとむかう。 
 
ラブホテルは、泥遊びをしたあとの豚のような色をしていた。 
安さだけが、ウリなのだろう。 
ラブホテルのドアをあけた。
乾燥しきったミイラが歩いたような不機嫌な音がした。
ホテルのなかの廊下や天井の隅は、うっすらと暗い。白いホコリがたまり、黒く沈着したような色をしている。 
一般的なホテルにあるロビーというものがない。 
部屋のカギと金だけを受けわたせるスキマだけがある。
磨きぬかれ顔が写りこむ卓上ベルをたたく。
かるい、けれども、よく響く音がホテル内に反響した。 
壁の向こう側から声が聞こえてきた。
「休憩ですか、ご宿泊ですか」 
卓上ベルの音とは正反対の声で質問された。
こちらの姿は見えないようだ。 
監視カメラはある。けれども、おそらく動作していない、もしくはダミーなのだろう。 
スキマに警察手帳をさしいれた。 
ロビーの横にあったドアがひらいた。 
頭髪の黒い色素は消えさり、真っ当につくられた梅干しのようなシワが刻みこまれた顔。
まぶたは重力に対抗できずにたれさがり、細い目には怯えが見てとれる。
ふるぼけた桐のタンスをあけたような匂いのする女性がドアからでてきた。 
しっかりとのびた腰は、顔ほどに年をかんじさせない。 
「このホテルの支配人です。なにかご用ですか」とちいさい声でたずねてきた。 
善良な日本人でも、警察手帳を見せ、質問をするとおびえるものだ。 
「いえ、なにね、ちょっと尋ねたいことがあるだけですよ」口角をしっかりとあげ私はつたえる。 
「事件に巻きこまれた被害者が、ここのマッチをもっていたもんで、宿泊名簿や動画などを見せてもらえないかと思いまして」 
「監視カメラは、壊れており動画はありません。宿泊名簿もありません。昨日休憩したカップルは15組、宿泊したカップルは10組です。どのカップルの顔も姿も見ておりません」 
ガイシャは、このラブホテルにたちよった可能性はある。 
しかし、決定的な証拠はでてこないだろう。 
「また、なにかあれば、捜査に協力してもらうかもしれません」と支配人につたえラブホテルをでた。 
 
「どう思う、ツヨシ」 
「あの薄汚れたラブホテルにたくさんのカップルがくるのに驚かされたスっ」 
「日本人の性は衰退したとニュースでよく聞きますが、お盛んスっな」 
 ツヨシの頭をコツンとたたいた。 
「事件についての見解は」 
ツヨシは力強くいいきった。 
「皆目見当がつかないスっ」 
ツヨシの頭をすこし強くコツンとたたいた。 
署にむかうようにつたえた。 
 
この事件は、解決できるのか、助手席にしずみこみ考えこんだ。 
タバコをふかしたい。いつのころからか、警察車両は全車禁煙になった。我慢するしかない。 
20年前は、タバコの煙で署の部屋がくもり、パトカーの灰皿は吸い殻であふれかえっていたものだ。 

3話


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