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長編小説⑬:素直な容疑者

容疑者を署へ連行した。 
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物で男を殺しまわっていたと思われる容疑者を署へ連行した。 

時間はすこしさかのぼる。
 
丸目記者が持っていたカメラを現像すると、ほとんどの写真が灰色、もしくは黒く塗りつぶされていた。 
たった1枚だけ、カメラ目線の女性とアパートが写った写真を現像できた。 
 
ツヨシとジュンコくんをつれ、写真に写っていたアパートをたずねた。 
アパートの管理人に写真をみせると、201号室に住む女性だと教えてくれた。 
部屋のチャイムを押す。
チャイムを押した指が、筋トレをしたあとのようにふるえている。 
パタパタと歩く音が聴こえた。 
おもわず、胸にいれている銃に手をおく。 
がちゃりと硬質的な音をひびかせアパートのドアがひらいた。 
背後にたっているツヨシが、生ツバをのみこんだ音が聞こえてくる。 
いまベッドから飛びだしたばかりといいたくなる、あどけない女性の顔があらわれた。 
刑事20年の直観が、彼女は犯人ではないと結論づけた。 
ツヨシの緊張が、肩から抜けていくのがわかった。 
銃から手をはなし、警察手帳を女性にみせた。 
「ある事件を捜査しています。2つ3つ質問させてもらってもかまいませんか」と尋ねた。 
まずは彼女が写っている丸目記者の写真を彼女に見せた。 
そして、尋ねた。 
「ここに写っているのは、あなたで間違いありませんか」 
写真に写っている彼女は化粧をしており、起きたてであろういまの顔とちがい大人びている。 
別人という可能性は低いが、念のため尋ねた。お役所仕事というやつだ。 
「わたしで間違いありませんね」ペルシャ猫と三毛猫の声が混ざったような声で彼女はこたえた。 
つぎに、殺害された丸目記者の写真を彼女に見せ尋ねた。 
「写真の男性をごぞんじでしょうか」 
 
「わたしが浄化した男です」 

地球は丸いと答えるように、ふつうに彼女は答えた。 
じょうか、ジョウカとは、どのような字を書くのだろうか。 
「殺害した、ということで間違いないでしょうか?」 
「神にいわれ、浄化しました」 
おたがいに、日本語をつかっているが、ボタンをかけまちがっているような気持ち悪さを感じた。 
ジュンコくんが、突然声をあげた 
「やはり、あなたは、人知をこえた力で地上の悪を成敗していたのですね」 
ジュンコくんの目が、少女コミックのようにキラキラとひかっている。 
崇拝、尊敬、愛情、ベートーヴェンの喜びの歌が、ジュンコくんの目からこぼれ流れだしそうだ。
ツヨシが、ジュンコくんを抑えこんでくれた。 
ひとつ咳払いをし、彼女に提案した。 
「もうすこしくわしいことを尋ねたいので署に同行してもらってもかまいませんか」 
「もちろんかまいませんが、起きたばかりです。着替えてもかまわないでしょうか」 
彼女は逃亡しないだろう。
すこしまえに20年の歳月だけをほこっていた直観は、はずれたばかりだ。
今回は外れないだろう、そう思った。 
彼女が着替えているあいだジュンコくんに見張ってもらっても大丈夫だろうか。 
すこし心配だったが、ジュンコくんに着替えのあいだ監視するように伝えた。 
ふたりが部屋のなかにはいった。そしてドアがしめられた。 
「彼女が、犯人なんスっかね」 
「わからん」  
 
署のまえには、どこから情報がもれたのか、アスファルトの地面がみえないほどの記者たちが署につめかけていた。 
容疑者である彼女をのせた車を誘導する警察官たち。 
警察官たちは、記者たちをかきわけ、車をとおれる道を必死に舗装していく。 
光が乱舞するなか顔を隠すことなく、車が進む方向だけ彼女はながめていた。 
 
20年つちかってきた事情聴取の技術を披露するチャンスはなかった。 
質問したことには、彼女は素直にこたえてくれる。 
彼女の答えが、正確なのかわからない。
すべての犯行を彼女は自供した。 
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物をたたくと動きだす。 
ある目薬を飲むと睡眠薬になる。 
灰皿をいれたストッキングは殺傷能力がつよすぎた。 
スタンガンを手にいれた店の場所も教えてくれた。 
もしかしたら、スタンガンを手にいれた店の場所は見つけられないかもしれない、と語ってくれた。

事情聴取中の彼女は、飛蚊症患者が視線をさまよわせ、突然に虚空の一点を眺めだす。
ポツポツと雨戸がしたたり落ちる雨音のようにか細い声で話す。
かと思うと、一流の政治家のように胸をはり、滔々と 神具だ救世主だ浄化だとご高説をならべだす。

彼女の様子をひとことで表すなら異様だ。
薬物検査にかけ、精神鑑定にもかけた。
どちらもシロだった。彼女は異様ではなく、普通なのだ。
 
彼女をアパートにかえさずに、拘留することにきめた。 
署のまえにたむろする記者たちは、溶岩のように煮えたぎっている。 
いま、そこに彼女を放りだすのは危険だと上層部が判断した。 
彼女の世話をジュンコくんに任せようと考えていた。
が、あまりに彼女に心酔、いや尊敬しているジュンコくんの姿をみた上層部が、彼女の世話役からジュンコくんをはずした。
かわりに、ふたりの婦警を彼女の世話役に任命した。
世話役に選ばれた婦警たちは、ジュンコくんとちがい容疑者である彼女に嫉妬しているようだ。
男の目がとどかないところで、婦警ふたりが、彼女の背骨や方をこついたり、スネをけったり、食事にツバをいれているとジュンコくんから訴えがあった。
上層部にジュンコくんの訴えをあげておいた。
 
スタンガンを手にいれた店をおとずれた。
そんな店はない、と隣接する店の従業員にいわれた。 
署にかえり、廊下をあるいていると二人の男によびとめられた。 
「このままでは、彼女を訴訟できない」目のクマだけが立派な男がいった。 
「彼女の自供だけでは裁判に勝てない」目のクマの黒さよりも、暗い声でボソボソとつぶやいた。 
もうひとりの男であるツヨシが報告してくれた。 
「彼女の目薬をためしても誰も寝なかったスっ。灰皿の威力は、すごかったスっ。 そして、凶器をたたいても動かなったスっ」 
「彼女が、凶器を動かすところを見るしかない。証拠としては弱いが、ないよりマシだろ」と、目のクマがひどい男が提案した。 
「彼女の人気はすごいものスっ、連日連夜、彼女を解放しろという電話がかかってきているスっ、それだけでなく差し入れもたくさん送られてきていると担当者が悲鳴をあげているスっ」 
だろうな、寝るひまもない。 
アゴに手をやると、一面びっしりと青いヒゲがはえていた。 
 
「彼女を外につれだし、電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物を動かしているところを見せもらうか」 


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