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まわっているお寿司を食べなくなったワケ【 後編 】

前編はコチラ。

木造の駅に彼を置きざりにしたのち、20年ほど会わなかった。

東京の会社に就職がきまったと伝えきいた。結婚した、結婚式をあげたなど電子情報から知った、二人の子供にめぐまれたとSNSで知った。

木造の駅にたちつくすんだ地蔵のような彼を田舎の夏においてきたように、彼の存在をすっかり忘れさっていた。ジリリンと電話がなった。彼との共通の知りあいからの電話だった。

酔っては携帯電話をなくしていたので、携帯電話の番号は葛飾北斎がひっこすようにコロコロとかわっていた。置きざりにした彼は、わたしとコンタクトをとりたいとのこと。

電話の内容をまとめると、置きざりにした彼が話をしたい。電話番号を教えていいか、この1点だった。いまさら話すこともないので、教える必要はないと答える。電話の向こうで息をのむ音が聴こえた。

しばらくしてからまた電話がなった。彼といっしょに旅行にいった友人からの電話だった。たのむから彼と話をしてくれとのこと。話すことなどないと伝える。一生のお願いだから、置きざりにした彼の話をきいてやってくれとのこと。板ばさみになった彼とは旅行後もつきあいがあった。彼の車のサイドミラーを酔った勢いでむしりとったり、彼のベッドにて寝ションベンをしたりした、彼のお嫁さんとF◯CKした負い目もあった。日時をきめ、置きざりにした彼と直接あうことになった。

面会場所は、おとずれたことのない場所だった。とおくから見てるだけの場所だった、第一級河川沿いにたつ大きな建造物、おおきなアウトレットモールほどの大きさ。アウトレットのようにゴチャゴチャはしていない。白色を基調にした四角ばった建物群。心地よくあけられた空間があり、敷地内の、あちらこちらに緑の植物が植えられている。

その建物群のひとつにある喫茶店が待ちあわせ場所だった。天井まで届くおおきいガラス窓があり、あたたかい日光をとりこめる作りになっている。テーブルとテーブルのあいだの間隔は、おおきくあけられている、日本だけでなく世界で流行している伝染病対策だろう。壁紙はかぎりなく白にちかいベージュ色。テーブルと椅子はうすいニスをぬり控えめにテカっている木目。ところどころに尖った葉の観葉植物や、かさかさになったツルのような植物が吊るされている。

きれいに整えられているのはわかる。清潔すぎるように感じられる。生気がなく、生活臭がしない、雑菌が生息しておらずピンッと空気も澄んでいるように感じられる。澄んでいるというより背中がゾクゾクするような寒さがある。日光をふんだんにとりこんでいるにもかかわらず暖かくないのだ。おそらく、この喫茶店が病院の施設だからという思いこみもあるかもしれないが。

喫茶店のフロアの中央ふきんの机に彼はすわっていた。ドラマや映画などで入院患者役の演者がきているあの服を着ていた。おなじ席に無言ですわる。コーヒーを注文し、ウェイターさんがコーヒーをはこんでくるまで喫茶店の空気よりも静かな無言。あいさつすらかわしていなかった。ウェイターがコーヒーをもってきて伝票をさし席からはなれる。コーヒーを飲む。しばらくすると、彼が口をひらいた。

「すまん、大人げなかった、回転ずしのことをずっとあやまりたかった」

なんのことか三瞬ほどわからなかった。ポケッとしたわたしの顔をみて、彼は言葉を説明をかさねた。十瞬ほどあと、旅行のことをあやまっていると気づいた。わたしも駅に置きざりにして悪かったとあやまった。すこしだけ空気がゆるんだように感じられた。心のこりが、ひとつなくなったと言った彼。

「もうすぐ、死ぬねん」

なんとなく考えていた最悪の結果をうわまわった。くわしくは彼は語らなかった。緩和ケア病棟にはいっているそうだ。東京ではなく故郷ですごすことをえらんだと。かける言葉がみつからなかった、奥さんは、子供は、などの質問がノドまでせりあがり、風船のようにしぼんだ。むっつりと黙りこんだわたし。無言の空気をきらい、シャベりつづける彼。

ハゲてきたら、スキンヘッドにするいうてたけど、正岡子規ばりになってもうたわ、ラクガキしたバチかもしれんと、彼は毛糸の帽子をスルリとぬいだ。笑えなかったが、泣きもしなかった。左口角だけが、すこしだけ反応した。

1時間ほどたち、彼がひどくセキこみだす。その姿に狼狽し、たちあがりオロオロとまわりを見わたす。隣の席にいた女性が、彼の背中をさすり、楽な姿勢をとらせた。その行動がひどく手慣れたものにみえた。奥さんなのだろう。ひとこと、ふたこと伝え帰ろうとしたわたしに、彼は、

「またな」

とかすれた音をしぼりだした。口がうごいただけかもしれない、またな、ではなかったかもしれない。

生きた彼とあうことはなかった。

通夜に参加した。中央に飾られている彼の写真は合成ではなかった。しっかりとプロが撮影した写真のようにみえた。喫茶店で見たときよりも肩幅がほそくなったように見える奥さん。足元には、ちいさい二人の子供。彼の子どもだろう。お坊さんのお経を聴いた。喪主をつとめた彼の父のおちついた言葉を聴いた。退出時、しっとりと温かい彼の父の手に包まれながら、長く生きてくださいと伝えられた。

伝える言葉がわからない、日本には定型文がある。その型にはまった言葉だけを置いてきた。

翌日、桜の咲く季節だというのにひどく暑かった日。粛々とお別れの儀式はすすんだ。いろとりどりの花がおおくの人により棺にいれられる。おごそかにフタがされ打ちつけられる。くぐもった静かで悲しい音があちらこちらでひろがる、通夜では、ふつうだった子どもたち。耳をつんざく、疲れと限度をしらない純粋な悲しみの結晶が響きわたる。

森林をこわすブルドーザーのように結晶をこわしつつ前進する儀式、回転ずしのコンベアーがまわるように儀式はすすむ。

葬式には、『 Over Soul 』流したるねん、彼はいっていた。クラシックの音楽が流れていた。

ひとめでそれとわかる高級な見ため、なのに陰気な車が彼の体を運んでいった。

黒く細いネクタイをゆるめ、トボトボと帰り路を歩きだした。コンビニにてウィスキーを1本買う。中学、高校と彼とタムロしていた公園をおとずれた。木材が腐っていたベンチが、あたらしくなっていた。ベンチに腰かけ、ウィスキーをのむ、チクリとにがい味がした。あのときに回転ずしに行かなければ、駅に置きざりにしなければ、はやく謝罪しておけばといろいろと考えたが、あとの祭り。

「人は昨日に向かうときほど今日と明日に向かっては賢くなれない」

開高健の言葉が頭に浮かんで沈まずにアルコールで濁った脳に漂う。昨日に向かってもそれほど賢くはなれない。しかし、今日と明日、これからも生きていかなければならない。

からになったウィスキー瓶を公園のゴミ箱に投げすてる。ウニのような色をした空に、二日おいたあとのような赤紅のおおきなイクラが地平線に溶けつつあった。

まわっているお寿司は、もう・・・・・・

ちいさい子どもを呼ぶ母親の声が聴こえた。返事をする子どもの元気な声。野焼きの香りがした。ほそい白い煙がまっすぐ白い龍のように紅い空をのぼっていく。




この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


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