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マスク着用せず反則負け 続報

先日のこの記事でも書いた佐藤天彦九段からの不服申立について、日本将棋連盟は申立を却下すると発表しました。

佐藤天彦九段が不服申し立てを行った経緯については、上記の記事をご覧いただくとして、懸念されていた問題点が表面化しそうな雰囲気がプンプンします。


以下、発表された内容です。

1.経緯
 2022年10月28日に実施された名人戦・第81期順位戦A級4回戦、永瀬拓矢王座王座対佐藤天彦九段の対局において、業務執行理事として立会人の任を代行した鈴木大介常務理事及び佐藤康光会長が、佐藤天彦九段が約1時間に亘りマスクを外していたとして、臨時対局規定(以下「臨時規定」)に基づき、反則負けとする旨の裁定を行いました(以下「本判定」)。

 これを受け、同年11月1日、佐藤天彦九段は、当連盟に対して不服申立書(以下「本件不服申立」)を提出しました。

 不服申立の裁定機関である当連盟の常務会は、慎重に審議した結果、客観性・中立性・公正性の観点から、大野徹也弁護士(霽月法律事務所)及び鈴木正人弁護士(潮見坂綜合法律事務所)に、本件不服申立に関する事実関係の調査、並びに関係資料の精査等を踏まえた本判定と本件不服申立の適否の検討等に関する助言等を委嘱していたところ、本日1月12日、「調査報告書兼意見書」を受領しました(「調査報告書兼意見書」の要旨版を、本決議書に添付します)。また、本件不服申立について非常勤理事(外部理事)への意見聴取も行いました。

 そこで、本日、常務会は、本判定を担当した業務執行理事である佐藤康光会長と鈴木大介常務理事を審議から除外した上で、調査報告書兼意見書等を参考としつつ慎重かつ自律的に審議し、以下を決議しました。

2.結論
 「本判定」は当連盟の臨時規定及び対局規定に即した妥当な判断であった。したがって、「本件不服申立」における、反則負け判定の取り消し、並びに、対局のやり直しの主張については、いずれも採用できない。
 なお、既存の規定や運用方法については、今後改善に向けて継続的な議論を行っていく。

3.理由
 佐藤天彦九段が約1時間の長きに亘ってマスク不着用であったことは事実であり、同事実は、臨時規定施行時に棋士及び女流棋士に通知した反則の適用除外となる「食事をしているとき」「飲み物を飲むとき」「周りに人がいない(2m以上離れている)とき」等の「一時的な場合」にも明らかに該当していません。当連盟としては、こうした同規定の内容については、定例報告会、会報、電子メール等の機会を通じて、複数回に亘り周知説明してきたところです。

 また、本件不服申立で、本判定の問題点と主張されている事項については、弁護士の意見も踏まえ、以下のとおり判断します。

 第一は、当連盟が臨時規定の解釈を誤っていると主張される根拠として、故意犯処罰の原則が挙げられていますが、これを刑法以外の法領域、わけても団体の内部規定や将棋対局のルール等に常に妥当するとはいえないものと考えられます。仮に、本件が故意ではなく不注意による過失だとしても、過失事案はマスク不着用にも当然に想定され、他の反則行為は過失事案も対象としているにもかかわらず、マスク不着用についてのみ故意犯処罰の原則を類推することは難しいと考えます。なお、臨時規定の趣旨は「新型コロナウイルスの感染拡大防止の徹底」という点にあり、その趣旨は社会通念上も過失事案に妥当するものと考えます。

 第二は、相当性を欠くとの主張について、労働契約の懲戒権行使に要求される相当性の原則を類推しつつ、「注意・警告をしたにもかかわらずあえてマスクを着用しない場合等に適用されるべき規定」と解すべきとされています。しかし、マスク不着用の反則は懲戒権行使ではなく現行の将棋対局ルールであり、上記のような懲戒権行使に関する原則を類推させることが必ずしも必要とはいえないものと考えます。臨時規定においては、注意・警告や相当性が要件とされておらず、対局規定8条では、マスク不着用の反則についても、他の反則行為と同様に反則行為の発生時は「即反則負け」とされている以上、マスク不着用の反則についてのみ、注意・警告が反則負けの要件になるとの解釈を採用することは困難です。

 なお、臨時規定制定当時(2022年1月26日)の経緯を遡りますと、仮に注意・警告を要件化した場合、伝達時まではマスクを着用しないケース等が生じ得ることが懸念されました。対局相手や記録係が感染者や濃厚接触者となった場合には、療養や自宅待機によって事後の行動や対局が制限される他、対局自体の延期や不戦敗、更には将棋愛好家・協賛者・主催者等にも多大な影響を与える怖れについても当連盟として考慮する必要がありました。こうしたことから、マスク不着用が例外的に許容されるケースがどのようなケースであるのかについては別途具体的に示しつつ、マスク着用を義務とし、違反行為を即反則負けとする規定が制定されたものです。昨今のコロナ禍の第8波の蔓延を見るにつけ、現規定が直ちに相当性を欠くとはいい難く、約1時間に亘ってのマスク不着用という行為に対して反則負けという判断を下したことが相当性を欠くともいい難いと考えます。

 したがって、佐藤天彦九段のマスク不着用は、臨時規定1条本文に違反し、同3条本文に基づく反則負けの要件を充足することから、立会人の任を代行した業務執行理事が行った反則負けとの裁定は、各規定に即した妥当な判定であったものと判断します。

4.最後に
 当連盟は、今回の一連の事態を踏まえて、夕食休憩を含む長時間の対局の全てに立会人を設けることを速やかに決定していますが、本件不服申立で提起された意見も貴重なものとして真摯に受け止め、今後の改善に活かす所存です。既存の規定や運用方法についても、理事会等に諮りつつ、再検証と一層の改善、整備に務めて参ります。

 なお、もとより、反則行為があった場合に立会人等へ対処を求めることや、反則行為の判定に対して不服申立を行うことは、対局規定に基づく対局者の権利であり、その行使も何ら非難されるべきものではありません。当連盟としては、今後、対局者をはじめする本件関係者に対する非難が広がらぬよう、将棋愛好家をはじめ、あらゆるステークホルダーに対して適切な説明を行い、誹謗中傷の防止と名誉の回復に努めます。

 依然として長期化するコロナ禍については、逐次最新情報の入手に務め、引き続き棋士、記録係ら関係者の健康と円滑な棋戦運営を第一に考えて対応して参ります。

以上


ざっくり内容をまとめると、
2.結論
反則負けの取り消し、対局のやり直しは認めない。規定や運用方法については議論する。

3.理由
今回のマスク不着用は反則の適用除外に該当しない。それは定例報告会や会報などを通じて何度も説明した。

臨時規定は故意でも過失でも適用されるし、それは他の反則行為にも適用されるから、マスク不着用だけ過失だからセーフとはならない。

また、労働契約等で行使される懲戒権の行使では注意や警告があると言うが、今回の案件は将棋という競技のルールの話である。そのルールの中で他の反則行為と同様に「即反則負け」としている以上、注意や警告が無くても当然反則負けになる。

仮に注意や警告をするとした場合、それまではマスクを着用しないケースが生じる可能性があるし、そうなれば対局相手や記録係が感染、あるいは濃厚接触者となった場合、各方面に多大な影響を与える恐れがあるため、反則の適用除外のケースを具体的に示しつつ、即反則負けとなる規定を作った。

昨今の第8波の影響を考えれば、この規定が直ちに相当性を欠くとは言えないし、それをもって反則負けとしたことも相当性を欠くとは言えない。

だから妥当だ。

4.最後に
我々は今回の件について備えが不十分であった部分について速やかに対処したが、この不服申立も貴重な意見として真摯に受け止め、今後の改善に活かす。この規定や運用方法も改善や整備をする。

なお、反則行為について立会人に対処を求めることや、反則負けについて不服申立をすることは対局者の権利だから非難するな。連盟は各方面の関係者に適切な説明をする。


といったところでしょうか。全くもって正論ですね。『判定は正しいが、規定そのものや運用方法に問題があったかもしれないから、その点は議論しましょう。競技ルールとしての反則負けなので注意や警告は必要ないし、適切に運用できるよう複数回説明も行ったし、現状の感染状況を見れば規定も判定も妥当だった。ただ、意見に対しては真摯に受け止めるし、改善に努める。不服申立も対局者の権利だからあれこれ避難しないでくれ。連盟がきちんと説明するから。』こう言われてはぐうの音も出ません。

ただ、だとしたらなぜ先日の日浦市郎八段のマスク不着用について再三にわたって注意をしたのでしょうか。規定の変更や解釈の変更がないのであれば、日浦市郎八段も即反則負けにしなければおかしいでしょう。同じ規定の運用について、一方は注意無し、一方は注意有りでは筋が通りませんから、マスコミ関係者におかれましては、どうぞその点をしっかりと攻めてやって下さい。

そこでしどろもどろになるようだったら連盟に問題ありですし、しっかりと説明できるのであれば組織として実に適切な対処だと思います。一番いけないのは、この佐藤天彦九段と日浦市郎八段の件を比較しないこと、なぁなぁにすることです。それでは事案の表面しか見ていないことになります。

今のところ、将棋連盟は誠意をもって対応しているように見えますので、日浦市郎八段の件についても、しっかりと説明して欲しいですね。


なお、今回の件で感心したのは、不服申立を貴重な意見としただけでなく、申立をした佐藤天彦九段を非難するなと連盟が守ったことです。連盟からすれば面倒なことをしてくれたなと思うでしょうし、そうやって抗議してきた相手を守りたくはないと思うのが人の心です。

しかし、連盟は不服申立を貴重な意見という常識論を並べただけでなく、それは当然の権利だとして誹謗中傷をするであろうマスコミや一般人をけん制しました。こうすれば組織として誠意をもって対応しているように見えますし、拳を振り上げた佐藤天彦九段も拳を下ろさざるを得ないでしょう。やいのやいの言う面倒な内部および利害関係のある者に対しても使えますしね。

こういった組織のあり方は素晴らしいと思います。良い意味でも悪い意味でも。


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