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マスク着用せず反則負け、ルールは誰のため?

先日、将棋の名人戦・順位戦において、マスクを正しく着用しなかったとして反則負けとなる事案が生じました。

なんでも、日浦市郎八段はマスクを着用していたものの鼻が露出した状態だったために、対局相手の平藤眞吾七段および対応をした立会人から鼻を覆った『正しいマスクの着用』を求められたものの日浦市郎八段は聞き入れず、その後、3回に渡って立会人から同様の注意を繰り返してもなお『正しいマスクの着用』を拒み続けたため、立会人から注意に従わない場合は反則負けにする可能性がある旨を通知したところ、日浦市郎八段から従わないとの回答があったため、反則負けとなったとのことです。


■以前もあったマスク非着用による反則負け

将棋界では、はやり病以後、臨時対局規定を制定して対局時のマスク着用を義務化しています。しかし、昨年10月の名人戦・順位戦において、永瀬拓矢王座と対局した佐藤天彦九段が対局中に長時間マスクを外している事を指摘され、直ちに反則負けとなったことで将棋連盟に批判が殺到しました。

この時は、「注意や警告も無く、直ちに反則負けと裁定された」ことについて批判が集中しており、対局中に盤面に集中している状態で無意識にマスクを外した場合でも反則負けとなり得ることから、規定の運用について問題視されました。また、佐藤九段はこの件について将棋連盟に対して不服申立書を提出し、「臨時対局規定の適用基準の明確化、規定の趣旨に反するルールの修正」「臨時対局規定の改廃時期・条件の明確化」などを求めました。

それに対して将棋連盟は、「佐藤九段が約30分に渡るマスクの未着用を2回行った。一時的な場合を除いてマスクの未着用は反則負けとなる旨の臨時対局規定を出場棋士に事前通知しており、今回のケースはそれに該当した。一時的な場合とは、飲食時や周囲2m以上に人がいないときを想定しており、その他のケースは常務会の判断になる」と説明した上で、「裁定者となる立会人を対局現場に当日設けていなかったことから、対局が深夜に及ぶ中、状況の把握と意思決定に時間を要し、機動的な対応を逸したことは否めない」とし、今後は「夕食休憩を含む長時間の対局においては、すべての棋戦で立会人を設け、立会人は原則として、師弟関係並びに対局において直接的な利害関係を要しない棋士の中から選定する」という改善案を提示しました。


■ルールの意味は?

個人的にマスクの着用有無については判断しかねるといいますか、あっても無くても大差ないと思っています。つい2ヶ月前に行われたサッカーW杯でも世界中から訪れた観戦者はほぼマスクを着用していませんし、その後急激に感染者が増加したとも聞きません。その程度のことだと思うわけです。

一方、日本は石橋を叩いて渡るのがデフォの国ですし、大局を見るより、目の前の事象に目を向けやすい国民性ですので、マスクの着用云々ははやり病が完全に収まるまで継続されるでしょうし、マスク着用義務化というルールはやむを得ないものだと思います。

しかし、ルールは杓子定規に適用すればいいというものでもありません。そのルールを作った趣旨や経緯を十分に考慮し、弾力的に運用することが重要です。ルールは社会を回すためにあるのであって、ルールを守るためにあるわけじゃないですからね。


■前回と今回の違い

そういう意味では、今回の件と前回の件は若干違うのかなと思います。前回は規定を杓子定規に捉えたわけで、まさにルールを守るためにルールを適用したような印象を受けます。

本来であれば、将棋という勝負事に関係のない事象で反則負けとなる規定を制定する段階で、マスクを外していいときから戻すまでの時間はどれくらいまでとか、お茶を口に含んで考えている(ゆっくりとお茶を飲んでいる)ときはどうするのかとか、実際の運用にあたって様々な状況をシミュレートをしておくべきでしたが、運営側も競技者側も混乱していたことからそうした事はしていなかったと推測できます。もし、シミュレートをしていたとしたら、盤面に集中した棋士が長時間マスクを外すケースも当然想定されていたでしょうし、それに対する対処法もマニュアル化され、棋士に通知されて然るべきと考えられますからね。

翻って今回のケースでは、複数回に及ぶ注意があった末の反則負けですから、前回のケースとは状況が全く異なります。散々注意を受けても改善の姿勢を見せなかったのは、反則負けになりたくてなったとすら思える状況であり、この臨時対局規定を適用したのは、そのルールの趣旨を考慮しながら弾力的に運用した結果と言えます。

そのため、マスクを着用しなかった事で反則負けになったという事実は同じでも、その中身は全く異なるということですね。


■運用方法の公平性は?

ただそうなると今度は、前回は注意が無かったのに、今回は注意がされた、これは不公平じゃないかという意見が出てきます。佐藤天彦九段からすればなぜ自分のときは注意すらなかったんだ、自分のときは杓子定規に適用したじゃないかと思って当然ですし、この人には注意する、この人には注意しないなど、恣意性が介入したルールの運用はコンプライアンス的にも問題になりかねません。

前回の件以降、将棋連盟が運用方法を改め、それを棋士に通知していたのであればまだ分かりますが、そうした発表をした記事は見かけませんでしたので、そうであれば問題だなと思います。仮に発表があったとしても、佐藤天彦九段が不利益を被った事実は変わりませんが。


■まとめ

連盟は「昨今の社会情勢を鑑みた場合、対局中のマスク着用義務の有無については議論があるところ、所属する棋士・女流棋士には、高い公共性を求められる公益法人として政府の方針・基準に則った対応をする旨を定例報告会の場で示しております。今後につきましても、コロナ禍の最新状況を見極めつつ、同規定の改善や改廃について適切に判断して参ります」と説明し、「将棋愛好家の皆様におかれましては、楽しみにされていた順位戦対局の結果報告がこのような形となり誠に心苦しい限りですが、今後も佳境を迎える順位戦対局に引き続きご注目くださいますよう謹んでお願い申し上げます」としました。

日浦市郎八段について処分の有無は明かされていませんが、仮に処分したらしたで「ルールには反則負けになると書いてあるだけで、さらに処分を受けるとは書いていない」といったもめ事が予想されますので、将棋連盟においては適切な対応をお願いしたいところですね。


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