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自分で蒔いた種は自分で刈り取る。だから私は「離婚」を選択した

どんなに人から強制されても、そうするしか選択の余地はなかったとしても、
選んだのは「自分」でしかない。

そう思えるようになったのは、人生後半になってからだ。

私の家は両親と姉の4人家族。
姉は7つ上だったから、小さい頃はずいぶん大人に見えた。

母と姉は仲が良かった。(と思う)
たぶん母からしたら、小さな私より女同士のように話せる姉が話しやすかったのだろう。

姉は個性的でおしゃれが大好きで、姉は当時イッセイミヤケなどの奇抜なファッションをよく着ていた。

人と違うこと、大胆でおしゃれで個性的。
これが我が家の女性たちの中で最重要な価値観だったので、私も疑いもなく刷り込まれていたように思う。

遠足に持っていく水筒は可愛いキャラクターものではなくアーミー柄。
女の子っぽいスカートではなくニッカポッカ。
就活においては、モスグリーンのスーツ。

ただ自分で選んでおきながら、どこか違和感を感じずにいられなかった。
だって、姉は体型も顔の作りもどちらかというと派手な方だから、
みんなに「かっこいい」とか「おしゃれー」って憧れの眼差しを受けていたものだが、私は背も低いし地味な作りなので、同じように振る舞っても誰も何も言ってくれない。

薄々勘づいてはいたけれど、私は薄いピンクが好きで、可愛いかったり品があるものが「好き」と人生後半になってからやっと自覚できたものだ。

それが外見の話だけなら、そんなに問題になることはなかったように思う。

常に最先端を行く姉の言うことは、まあ年の功もあるとは思うんだけど、人生失敗なく正しく進んでいる勝ち組のように私には見えていた。

だから彼氏や夫を選ぶときも、どういう人だったら姉に気にいってもらえるか、が最大の問題だったのだ。

そこはそつなく選べるようになっていた(と思う)ので、最初は母も姉も喜んでいたし、相手を褒めてもいたのだが、しばらくすると手のひらを返したようになったこともある。

「初めっから変な人と思っていたわ」
なんて言われた時は、心底ムカついたものだ。

そっちのために選んだっていうのに、あの時言ったことなんか忘れてるの?
本当、人なんていい加減。
私の人生の責任取ってよ!

と真剣に思っていたから、若かりし頃の私は拗らせ女子まっしぐらだった。

母と姉の理想が私の規範となっていたので、結婚、出産、もちろん専業主婦(パートはok)路線をひたすら走り続けた。(母も姉もこの辺だけは古風な考え方だ)

しかし私が二児の母になった頃くらいからだったと思う。
わが夫が仕事でのストレスを私にぶつけてきた。
家事育児、出来ていないところを、それこそ重箱の隅をつつくようにネチネチつつく。
浪費家(私は今でもそうではないと確信している)呼ばわりして、金銭的権利をすべて奪われる。
全部私が悪いとなっていたので、その頃は自分は何も出来ない人間なのだろうかと真剣に考えていた。
ただ、この人を選んでしまったのは、私の最大の落ち度だということだけは身にしみていた。

時すでに遅し。
でもこのまま人生が終わってしまうのは嫌だ。

自分で選んでおきながら、何一つ自分の意思で選んでこなかった人生。

こんなはずではない。

人生後半になってようやく、自分で決めて動き出す決心をした。
まずはパートに出よう!
未経験の中年おばさんだって恥ずかしくない!
そうだ、昔やってみたかった心理学を勉強してみよう!
久々に難しい本を1ページ読むも理解は半日かかる。
でも何故か、くじけたり腐ったりしなかった。

そして次第に欲が出てきた。
カウンセラーという仕事があるのか!
私にも出来るかも!
公認心理師の資格を取りたい!

ただどれもこれも順調ではなく、小さい壁から大きい壁まで、次から次とやってくる。
苦しみの連続ではあったが、「自分」で選んだという、どこか潔く心地良かったので何とかやってこれたのだと思う。

そして私は、今までの私にケリをつけるために人生最後に大仕事に取り掛かかる決意と覚悟を決めた。

夫とはすでに別居していたので、紙切れだけの問題。
それこそ今更揉め事を起こしいて自分を追い込まなくてもいい。
その居心地の良さに、胃の一番下にずっしりこびりついている重しを数年見ないふりをしていた。

ただこのまま逃げ回っていても、自分に対して誇れない気がしていたのも事実。

自分の思うように進まないだろうこと、予想もしない攻撃に遭うこと、
心身ともに傷ついてしまうこと、そんなこんなも全部背負い込んで、
私から離婚を申し出た。

一人で戦い、精神的にギリギリのところではあったが、最後は離婚をすることが出来た。

この選択は、私のためのもの。
誰かから言われたことでもなければ、自分の恨み辛みをぶつけたものでもない。

人生で初めて「自分」を取り戻せた気がしている。
そこには誇らしい「自分」がいた。



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