断髪小説~有美~

やっと伸びてきた」
前回の中継散髪から半年が過ぎ、刈り上げボブになった幸子の髪は肩につくかつかないかの長さまで伸びていた。
刈り上げボブになった衝撃は忘れられない。
その日の夜は、刈り上げ部分を撫で、髪に残るシッカロールの匂いを味わっていた。
春休みを選んで正解だったと思った。
サークルもバイトもしていない幸子は誰とも会わない引きこもりのような生活を送った。
買い物に出かけるときは帽子を被り、刈り上げが見えないように気をつけた。
刈り上げ女子がいることは知っていたが、幸子は自分の刈り上げを、たとえ知らない人でも他人に見られたくはなかった。
親からは暇なら帰ってきなさいと言われたが、適当な理由をつけて断っていた。

刈り上げが伸びるのは早く、2週間もするとあのジョリジョリとした感触がなくなり、髪が伸びて嬉しいような寂しいような気持になってきた。
あの床屋さんにはその後一度散髪に行った。
それは散髪するためではなく、調えてもらい、夏に向けて伸ばしていくためだった。
そう、幸子は夏に実家に帰った後、再び刈り上げに散髪することを決めていたのだ。

床屋さんの奥さんは「和子さん」という名前だった。
和子さんとは仲良くなり、何度か外で食事をしながら、髪について語り合った。
「幸子さんのライブ散髪大好評だったよ」
「えっ、そうだったんですか。顔剃りや前かがみシャンプーをしなかったから評判悪いかなと思ってました」
「中には散髪されるのが楽しみで仕方ないという感じの女の子もいるんだけど、幸子さんは不安や緊張が表情に出ていて、見ている人は良かったみたい。名女優ね」
「演技じゃないですよ。本当に不安で堪らなかったんですから」
幸子は笑いながら、自分も楽しそうに散髪される女性より、不安に襲われながら散髪される女性の中継が好きだなと思った。
「今度ね45歳の主婦の方がライブ散髪するのよ。是非見てみてね」
「はい」
幸子は強く頷いた。

主婦の方の散髪する日がやってきた。
前日から、幸子は興奮してなかなか眠ることができなかった。
その女性は、強めのパーマがかかったお洒落な感じの美魔女という感じの方だったが、スポーツ刈りに挑戦してみたいということだった。
「有美です」と緊張した声でカメラの前で名乗った。

以前、自分が座った散髪椅子に有美さんが座っている。
タオル、ケープを巻き、ネックシャッターをつけ、バリカンのスイッチを入れると、バリカンが動かないという珍事が起こった。
最初はバリカンの故障かと思われたが、椅子についているコンセントの差込口が壊れたらしい。
旦那さんが延長コードを探しに行くと、有美さんは椅子に放置された格好になってしまった。
和子さんもその場から消え、有美さんはカメラを見つめたり、左右をキョロキョロ眺めている。
不安が顔にあらわれている。

5分ほど経つと、延長コードを手にした旦那さんが戻ってきた。
遠くの差込口から電源を持って来て、再びバリカンのスイッチを入れる。
バリカンの音が響くと、有美さんの顔が一層こわばった。バリカンをじっと見つめている。
有美さんは視聴者に髪型を決めてもらう方式をとらず、自分でスポーツ刈りを選んだ。荒切りも鋏ではなく、バリカンを希望した。綾子さんが髪を後ろで一束ねにした。

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