断髪小説~幸子2~

8月になり大学は2か月の夏休みになり、幸子は帰省することにした。
1年ぶりの実家だった。
新幹線の駅まで母は迎えに来てくれた。
「あら、髪切ったのね」
肩につく長さまで伸びていたとはいえ、母にとっては娘の長い髪が印象に残っていたらしく、髪の話題がすぐに出てきた。
「思いきって切ってみたの」
久しぶりの故郷は何も変わったところはなかった。
友人が刈り上げに散髪した、中学校そばの床屋さんも健在だった。
あの頃は自分がまさか床屋さんに行けるようになるとは思わなかった。
入ってみたいな、そんな思いが心に浮かんだが、今は和子さんの床屋で散髪する楽しみが勝っていた。

東京に帰る日、新幹線の駅まで母に車で送ってもらうことになった。
その車中で再び髪の話になった。
「いつ頃切ったの」
「冬ごろかな」
「どんな風にしたの」
「ボブというか、一昔前の言い方ではおかっぱかな」
幸子は努めて笑顔で明るく言ってみた。
母は幸子の髪型や服装についてあれこれ言う人ではなかったので、自分が髪を切ったことを指摘されてドキドキしてしまった。
「私も切ってみようかしら」
母の不意の一言にさらにドキドキしてしまった。
そういえば母はずっと肩より長い髪をして、それを束ねている。
「お母さん短くしたことあるの」
「学生時代だから、何十年も前ね」
母は笑って言った。

東京に帰る新幹線の中では車窓を見ながら、ずっと次の髪型について考えていた。
坊主、スポーツ刈り、ボブなどいろいろな長さの髪型が浮かんできた。
どうしようかな、散髪は決めていたものの次の髪型については悩んでいた。
スマホを手に取り髪型を検索する。
刈り上げボブ、前下がりボブ、ボックスボブ、ボブだけでもいろいろな種類がある。
和子さんの床屋のページも見てみる。
「肩下まで伸びた女子大生の散髪 丸刈りはNG 冬に散髪した女性の2回目の公開散髪です」
広告が書いてある。
自分のことが書いてあるとはいえ、実感が持てず、不安になるというより興奮してしまった。

東京に帰ってすぐ和子さんに連絡し、床屋さんを訪れた。
大きな散髪椅子に座らされた。
和子さんは幸子の髪を撫でながら言った。
「今度はどんな髪型にしてみる。自分で決める、それとも見ている人に決めてもらう」
「えっと、挑戦してみたい髪型もあるんですけど、決めきれなくて」
「じゃあ、見ている人に決めてもらおうか」
「はい」
「今回も公開散髪で良いのね」
「はい」
散髪は次の週末に決定した。

週末をドキドキしながら待っていた。
しばらくして和子さんから連絡が来た。
「髪型決まったわよ。当日のお楽しみね」

ついに公開散髪の日がやってきた。
2回目ということもあってか、幸子は前回よりは落ち着いて、散髪を楽しもうという気持ちで和子さんの床屋さんにやってきた。
動いていないトリポールが逆に自分を歓迎してくれているようだ。
「閉店」
という札を気にせずドアを開ける。
「こんばんは。いらっしゃいませ」
和子さんと旦那さんが迎えてくれる。
床屋さんの香りが鼻腔に染み込んできて興奮してきた。
「こちらの椅子にどうぞ。もう中継は始まっているわよ」
自分が入店してきたところから中継されいる、そう思うとさらに興奮してきてしまった。
カバンを旦那さんに手渡し、がっちりした大きな椅子に座った。
「ケープを巻く前にカメラに向かって自己紹介してもらおうかな」
和子さんに促され、カメラを見つめた。
2回目のはずなのになかなか言葉が出てこなかった。
「幸子です。大学2年生です。2回目の挑戦です。まだ今日の髪型を聞かされていないので、ドキドキしています」
和子さんが引き取った。
「今日は散髪と襟剃り、前かがみシャンプーに挑戦してもらいます」

数分そのまま放置された。
視聴者向けの待ち時間なのだろう。
幸子は視線をどこに向けて良いのか分からなかった。つい、キョロキョロしてしまう。
カメラの向こうにいる人たちは、どんな気持ちでてるてる坊主のような私を見ているのだろうか。

「今日の髪型を発表します」
不意に和子さんが沈黙を破った。
「こちらです」
画像が印刷された紙をカメラに向けた。
それから、幸子の方に向き直り、
「今日はボウルカットにしてもらいます」
と宣言した。
そこには横と後ろは刈り上げ、頭にはお椀を逆さにして被ったような白人の女性が写っていた。
前髪も眉上で一直線に切られていた。
想像外だった髪型に幸子は衝撃を受けた。

その画像の女性はモデルさんなのだろうか。ボウルカットが非常に似合っているように思えたが、自分にはこの髪型が似合うという自信がまったくなかった。
「今日の髪型を考えられたのは50代の女性の方です」
幸子は想像を逞しくしていた。
女性の方なんだ。
どんな人がこの髪型を思いついたのだろう。
その人はどんな髪型をしているのだろう。
カメラの向こうで、どんな気持ちで私を見ているのだろう。
尽きない疑問が湧いてきた。

「現在の視聴者は1237人です」
そんなに多くの人が私の散髪を楽しみに見つめているんだ。
幸子はさらにドキドキしてきた。
襟が高めのブラウスを着てきた幸子に和子さんが話しかける。
「少し襟を折り込むわよ」
和子さんはブラウスの一番上のボタンを外し、襟を内側に折り込んでいく。
黄色いタオルを肩に掛け、端を服と背中の間に折り込まれる。 
白く薄い襟紙を巻かれ、派手な色のケープを巻かれる。
「顎をあげて」
ネックシャッターを手にした和子さんに言われた。
刈り上げ前提のネックシャッターを拒否するように、無意識に顎を下げていたらしい。
「刈り上げるから、少しきつめに巻いたけど、どうかな。きつくない」
「大丈夫です」
やっぱり刈り上げなんだ。
望んでいたとはいえ、他人から「刈り上げ」という言葉を聞き、自分が刈り上げにされてしまうと思うと不安が込み上げてくる。
誰が自分の髪型を選ぶのだろう。
自分はどんな髪型にされてしまうのだろう。
考えても答えは出ない疑問が幸子の頭の中をめぐっていた。

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