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化学産業とSDGs        「16.平和と公正を全ての人に」   医薬品談合を考える

日化協SDGsタスクフォース資料の「関連する化学産業の活動」
CSRやRCを通じて法律や企業倫理(環境・安全面における法律以上の取り組みも含む)の遵守やその情報公開を行っている。

 「SDGsと化学産業」の関係を考える一連のnoteで、SDGsの目標に貢献する化学産業の活動を紹介しています。
 さて、SDGs 16は 「平和と公正をすべての人に」です。産業界で「公正」が求められる分野が「取引における公正」です。そのルールをつかさどる機関が「公正取引委員会」であり、取り締まりの対象となっている行為の一つが「談合」です。最近起きた医薬品談合の問題を例に、「化学産業における公正」について考えてみたいと思います。

医薬品談合事件

 日本の薬局・病院は医薬品を製薬企業から買うのではなく、「医薬品卸」と呼ばれる中間業者から買っています。医薬品卸は医薬品の物流と販売を担っている会社で、現在はアルフレッサ、 東邦薬品、スズケン、メディパルの4社に集約されています。2022年3月、公正取引委員会は旧社会保険庁所管の公立病院組織である地域医療機能推進機構への医薬品入札における談合事件で、アルフレッサ、東邦薬品およびスズケンに対して独占禁止法違反(不当な取引制限)で総額4億2385万円の課徴金納付命令と再発防止を求める排除措置命令を出しました。メディパル傘下のメディセオも談合には参加しており、自主的に不正を申告したため課徴金減免制度(リーニエンシー、談合の自主的な申告を促す目的で、最初に申告した企業の処罰を減ずる制度)に基づいて告発されませんでしたが、談合は医薬品卸大手4社がすべて参加して行われていました。

事件の解説

 アルフレッサ、東邦薬品、スズケンおよびメディセオの4社の営業担当者は、東京都内の貸会議室を利用し、①4社それぞれの受注予定比率を設定し、同比率に合うよう医薬品群ごとに受注予定事業者を決定するとともに、②当該受注予定事業者が受注できるような価格で入札を行うことなどを合意したうえ、同合意に従って受注予定事業者を決定するなどしていました。

 公取委は 独禁法違反事件に関する告発基準 を公表しており、、以下のものについて、積極的に刑事処分を求めて告発を行うこととしています。

・国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質・重大な事案
・違反行為が反復して行われ、排除措置に従わないなど行政処分では法目的を達成できない事案

 刑事告発はおおむね2年に1件程度です。検察官による起訴と裁判所における公判を経て、被告従業員に対して懲役および罰金刑(独禁法89条。懲役5年以下・罰金500万円以下)が、また被告会社に対して罰金刑(独禁法95条。罰金5億円以下。)が科されますが、独禁法違反の刑事事件において役員・従業員が実刑判決を受けた例はなく、これまでのところ、すべての被告人に執行猶予付の判決が言い渡されています。

談合の実態

 西日本新聞の報道によると、国立病院機構の医薬品入札を巡る談合で公正取引委員会の立ち入り検査を受けた卸会社の男性社員は「談合は常態化しており、自分も少なくとも25年関与した」と証言しています。入社して最初に談合の仕方を指導され、国公立病院では民間より高値取引が続いてきたといいます。男性は1980年代後半に入社しましたが「最初の指導は談合の仕方だった。一生忘れない。長年にわたり、ほとんどの病院で談合があった」と話しています。嫌気がさした男性は13年、上司に担当病院での談合中止を提案したものの、「ここだけクリーンにはできないとの結論だった」と拒まれたといいます。社内で談合中止を訴えた男性は17年に営業から外され、倉庫の管理業務に回されたそうです。

日本の医薬品卸の特殊性

 事件の背景には日本の医薬品卸の特殊な収益構造があります。1978年には615社あった医薬品卸業者は業界内での統合・合併が進み、現在は全国展開する大手4社(メディパル、アルフレッサ、スズケン、東邦HD)にほぼ集約され、市場シェアの8割を大手4社が占めています。業界再編が進んでいるにもかかわらず独占利潤は無く、いずれの卸も利益率は1%台です。理由としては

・業務において厳しい法規制があるため、競合他社との差別化がしにくい。
・薬価は国で定めているので、利益を上乗せすることができない。
・急配や頻回配送が多く、コストがかかりやすい
・収益性が低いジェネリック医薬品が普及した

などが挙げられています。医薬品の価格は仕入れ価格が販売価格より高い赤字構造になっており、製薬会社から卸に支払われるリベートが収益源になっています。

 医薬品卸の2021年の営業利益率はさらに悪化しており、さらなる苦境に立たされています。談合してもこの利益率であるということは、医薬品卸そのものの構造的問題が問われていると言わざるを得ません。

 21年5月に日本医薬品卸売業連合会から発表された「医薬品卸の将来ビジョン」では下記のような厳しい現状認識が示され、薬価改定における「医薬品卸が果たしている役割や機能についての適正な評価」を求めています。

ほとんどの卸が、薬価制度の下で、医薬品卸が果たしている役割や機能について、適正に評価されていると思っておらず、医薬品を安全かつ安定的に流通させるためのコストについて、その負担のルールが明確化されていると思っていない。
医薬品卸は、現在、業務量・経営状況ともにギリギリの状態であっても、国民の健やかな暮らしを守ることを第一として、何とか、医薬品を供給している状況である。
「薬価が下がっても医薬品の安定供給は確保される」ことが当然のようになっているが、足元ではその前提が崩れかけている。

https://www.mhlw.go.jp/content/10807000/000780129.pdf

 しかし一方で世界の医薬品流通の主流は製薬企業からの直販になりつつあり、日本の医薬品卸は存在自体を疑問視する声も、外資系製薬企業を中心に出ています。2020年にGSKは医薬品卸へのリベート支払いを停止し、2021年には旧アップジョンのヴィアトリス製薬が卸の絞り込みを発表しました。医薬品市場としては成長が鈍化している日本において、製薬企業もコストを削減が求められているからです。

 今後は内資系の製薬会社もコスト削減のために卸の絞り込みを始めるのではないかと見られており、その第1号はアステラスという予測もあります。

 医薬品卸の将来について、説得力あるビジョンが見つかりません。自らの企業の付加価値を価格に転嫁できなければビジネスは成り立ちませんし、「公正」を追求することもできません。ビジネスにおける「公正」を実現するためには、そのビジネスの真の存在価値が必要であると考えます。


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