1.川 その町は山が海に迫るわずかな平地を鉄道と道路が貫く旧宿場町だった。扇状の平地は山から海に流れ出る急峻な二本の川の堆積物によって形成された。旧宿場の西端を流れる川がその町の平地の大部分を形成したのだが、その川でさえ長さ五キロ弱、流域面積十七平方キロでしかなかった。その川から五百メートルほど西の漁業関係者が多く住む辺りを流れる川は、長さ二キロ半、流域面積四平方キロ弱だが、西と東の小学校区の境界だった。 川からさらに西に進むと漁港に鉄道駅。駅の先、町の西端は難所で
これまで携わったコンピュータ相手の仕事をあと五年以上も続けなければならないことに嫌気をさし、六四歳で早期退職し、阿々弥守(あーみっしゅ)特別村で農作業をしていた松野昭雄だが、上京したのは五年ぶりだった。 早期退職前も社会の変化の速度が加速度的に速くなっていると感じていたが、いまだに物理的な形状を有する貨幣や紙幣を使用し、印刷物で知識や、情報、感情のやり取りをする人々が暮らす阿々弥守特別村から上京した松野昭雄にとって、東京の人々はまさに異星人だった。 久しぶりに見る東京の
1.じじいで大地はいっぱいだ 私、多々納歳男は、野呂兵を迎えるため、駅への階段をプロムナードにつながる階段の最初の一段に足をかけた。すると、数段先、階段脇の手すりつかまって降りようとしていた老人が足を滑らせ、階段に仰向けに転がった。多々納歳雄は、老人を助け重そうと駆け寄ったが、野球帽の下の髪もひげも金髪に染めていた。さらに目にしたのは耳のイアリングと手首の竜のタトゥーだった。 多田納は、さっと手を惹き、知らん顔をしてスタスタとそこを離れた。多田納に助け起こされると期待した