人権保護の潮流とグローバリズム

前々回がカーボンニュートラル(Environmental)、前回が政策保有株(Governance)の話だったので、今回はSocialに絡む人権の話をしたいと思う。

労働集約的性質の強いアパレル産業は人権に敏感

トヨタ、日立など製造業に分類されるグローバル大企業はどのように利益を拡大してきたか。

利益拡大に貢献してきた施策のひとつに、労働集約的性質の強い作業工程を人件費の安い発展途上国で引き受け、成果物を先進国に輸出することによる原価抑制のスキームがある。21世紀になってから中国がそうした作業を引き受けるようになり「世界の工場」と呼ばれてきたが、最近は人件費高騰や貿易摩擦の問題が顕在化してきたため、他のアジア諸国が工場の役割を果たす側面も出てきた。

特に労働集約的性質の強い産業として、衣服などを販売するアパレル産業がある。彼らは途上国に工場を設置し、賃金が安い途上国の人材が製造した衣服を先進国の売ることで、利益をだしていた。

物価も違うわけだし、決して先進国と比較して賃金が安いこと自体が問題になるわけではない。ただし、支払っている賃金に見合わない過重労働を課したり、本来教育を受けさせなければならない児童を労働に駆り出しているのだとしたら、それは人権侵害となり、大きな問題になる。

一番有名な事例として挙げられるのは、米国のNikeの委託先工場における児童労働の事例である。不適切な労働が発覚したことを国際NGOが糾弾し最終的に不買運動に発展、業績にも影響したといわれている。トーマツのホームページの内容をそのまま引用しよう。

「1997年、米国系アパレル企業の委託先であるインドネシアやベトナムの工場において日常的に児童労働が用いられていることが発覚しました。具体的には、就労年齢に達していない少女達が低賃金で強制的に労働させられていた他、少女達への日常的な性的暴行や尊厳を傷つけるような行為の強要が行われていました。 こうした事実を国際NGOが摘発したことをきっかけとして世界的に不買運動が広がり、「犯罪企業」などの悪評がメディアやインターネットに流出したのです。その結果、児童労働が発覚するまでは競合他社と比べても著しい成長を遂げていたものの、売上高は急激に落ち込みました。」

また、アパレルメーカーにとっては2013年4月にバングラデシュのダッカ近郊で縫製工場が入居する8階建てのビルが崩壊して1000人以上が死んだ事故も、サプライチェーンの人権に配慮するようになった大きなイベントのひとつであろう。

人権の問題を抱える企業は投資撤退の対象に

人権侵害においてアパレル産業はあくまで一例であり、ほかにも例えば児童労働、強制労働によって採取された鉱物が私たちの日常製品に使用されている問題(紛争鉱物問題)やチョコレートなどの原料になるパーム油の生産においても違法労働が行われている、と問題になっている。深堀りしはじめると止まらないので、今回はここらへんの話はこれ以上触れないでおく。

こうした人権侵害が行われている企業について、投資撤退(ダイベストメント)の方針を掲げているアセットオーナーも欧米には結構ある。たとえば世界第2位の公的年金、ノルウェー政府年金基金は投資撤退している企業の名前を開示しており、人権侵害を要因としたものも10社以上ある(リストはこちら)。最近はエンゲージメントしたうえでダイベストメントしよう、という風潮も出ているが人権侵害に関してはエンゲージメントなしに一発アウトとしている機関投資家も一定数ある。

人権のポリシーが優れているから、その企業が選好されるということはほぼないだろうが、サプライチェーンが広範であるにもかかわらずあまりにひどい労働管理をしている企業は、いくらビジネスモデルが良くても投資家から嫌われる可能性があるだろう。

グリーバンスメカニズムの確立がキーワード

昨年12月に責任ある企業行動およびサプライ・チェーン研究会から「対話救済ガイドライン」が発表された。この研究会は国連のグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンやビジネスと人権ロイヤーズネットワーク(BHR Lawyers)の協力を得ている。

ガイドラインの趣旨は日本企業が苦情処理制度(グリーバンスメカニズム)の確立を強化するためのものである。現状、会社が所有している工場などからの苦情処理を受け付けている企業は多いが、そこから派生したサプライヤーからの苦情処理を受け付けている企業は、ユニリーバなど一部の優良企業に限られている。人権問題のリスクを軽減するうえで、グリーバンスメカニズムの確立は広範なサプライチェーンを抱える企業にとって避けて通れない道になりつつある。

人権保護が進んだ先にあるものは・・・?

ここからは個人的な意見になるが、はっきりといってしまえば、これまでは先進国が途上国の労働者を本来払うべき賃金よりも安い水準で買いたたき、搾取してきた側面がどの産業にもあったと思う。しかし、人権の視点が意識されることにより、「同じ価値を与える人材には(物価を考慮したうえで)同じ程度の金額を支払う」という賃金の平等性が意識されだすと考えている。

もちろん、先進国の落ちこぼれにとってはこれは好ましい話ではない。書類にはんこを押すなど単純作業でなんとなく給料を得ていた人材が、途上国の優秀な層と競うことを余儀なくされ、結果的に職を失う可能性もある。こうした層が反グローバリズム、反国家勢力に加担し、内向きな社会を醸成しようとする可能性もあろう。職業訓練をはじめ、国家として手厚いケアが必要になると考える。

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