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桐島、部活やめるってよ。をいまさら見た。


朝井リョウ原作、吉田大八監督。ある日、バレー部のキャプテン桐島が突然部活を辞めたことをきっかけに、校内の人間関係に徐々に歪みが広がりはじめ、それまで存在していた校内のヒエラルキーが崩壊していく。第36回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀編集賞。

あるんだよ。あの人たちにもあの人たちの気持ちが」
この映画、なんと題名役の桐島が最後まで出てこない!(一瞬、らしき人が映るところはあるけど、、)バレー部のエースでたぶんクラスのまとめ役で人気者だったはずの桐島の“周辺の人たち”を描いているんです。しかも1日を複数の視点で繰り返す、というやり方で。Aの視点で撮られた「ある金曜日」。そこに映り込んでいたBが何を考えていたのか、さらにCは・・・というのがあとからわかっていく仕掛けになっているのです。(そのいくつものすれ違いが屋上でのラストシーンのドラマの重厚さに繋がっていく)
この撮りかたは仕掛けとして面白いだけでなく、視点が描かれない無数のクラスメートたちのことも想起させました。映画に登場しないいわゆる「モブ」にもそれぞれの思惑がある、と想像するとほんとうに高校の教室にいるみたい。
物語の中盤、バレー部と桐島の元カノ軍団(笑)が対立してしまいます。「よかったじゃん試合に出れて」と嫌味を言われた風介(桐島の代わりにリベロになったものの活躍できずにいる)を庇うようにクラスメートのみかが言うのがこのセリフ。「あるんだよ。あの人たちにもあの人たちの気持ちが」“主役以外に光を当てる”というこの映画全体に繋がるような隠れた名台詞!
“いじめ”とか“過剰なスクールカースト”でデフォルメするのではなく無関心のうちにいくつかの異質な集団が混在している、というリアルな高校生を描いていると思います。すくない台詞の絶妙なデコボコ感(というかためらい感というか☆)も絶妙な質感があってよかった!

「なあ、俺らってなんでバスケやっての?」

放課後、毎日バスケで遊んでいたこうきたち3人組。部活に入るわけでもなく時間を潰している中、そのうちの1人がこう言い出します。

「俺らなんでバスケやっての?だって桐島を待つためだったんでしょ。じゃあ今は?」   「・・・それはだからさ、やりたいからでしょ。」                   「じゃあ入れよバスケ部。」

別にやりたいからではなく、ただの時間潰し。虚しく誰かを待つ、というのは高校時代にはありがちなことかも知れませんね。               桐島を待っているのは、彼らだけではありません。メールの返信を深夜まで待っている桐島の彼女。その彼女にくっついて離れない女友達。バレー部の面々(桐島がいる、という噂を聞いて屋上に上がってくる勢いはコメディ並みに凄まじかった)。直接的にも間接的にも桐島をただ待っている人、彼が現れて何とかしてくれるのを待っている人だらけなのです。バスケをしているこうきを見ながら全然練習に身が入っていない(笑)吹奏楽部の部長あやも同じこと。いつか振り向いてくれるのを、“いつかなんとかなる”のを待ってるのかも知れません。

「・・・俺はいいよ。俺はいいって・・」

誰もが桐島を待っている中でほとんど唯一無関心なのが映画部部長の前田。この映画の主人公です。目立たない存在のいわゆる陰キャラですが(体育のサッカーのシーンで痛いほど描写されてます)本当に映画が好きで、映画を撮ることに静かな情熱を持っています。ときには野球部に撮影を邪魔されて何も言い返せなくなったりするのだけど。
地味で変なことに見えるかも知れないけど、これはあの名作映画に確かに繋がってる営みなんだ。忖度と閉塞感に満ちた狭い学校から、映画だけが、空想だけが抜け出すことができるんだ。フィクションが現実を救うんだ!そんな前田が映画愛を爆発させる屋上でのラストシーン。実際は惨敗に終わるのですが。唯一、前田に話しかけてきたこうき。前田がカメラを向けながら「やっぱりかっこいいね」と漏らすと、こうきは何も言えずに泣きそうになりながら「俺はいいよ」と背中を向けて、そのまま帰っていきます。ほんとうにかっこいいのは前田だったから・・・。
桐島に影響されていない登場人物は、あと野球部のキャプテン。スカウトも来ていないのに野球を諦めきれずに黙々とトレーニングをする姿は前田に重なります。

この映画は単に陰キャラvs陽キャラの対決、陰キャラの逆襲に溜飲をさげる、というわかりやすい話ではありません。劇中に出てくるゾンビ映画のように明白なカタルシスはどこにもないのです。陽キャの人たちにも、“その人たちの思い”があるのだから。
それでも何かに純度100%の情熱で挑み続けること。それが何にもつながらなかったとしても、それは間違いなく尊いことで、最高にかっこいいことだ、とこの映画は語りかけてくるようです。
もし自分がカメラを向けられたら、ちゃんとレンズに向き合うことができるだろうか、
“俺はいいよ”なんて言わずに。

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