見出し画像

刺さらない褒め言葉

言葉とは微妙なもので。

刺さらない褒め言葉ほど、虚しいものはない。
先日、それを強く感じた出来事があった。

なんだか嫌な気持ちの中、僕はふと、忌野清志郎さんのことを思い出した。。



忌野清志郎さんとは。
20代後半で『雨上がりの夜空に』というヒット曲をとばし、しかし58才でガンで力尽きたロックミュージシャンだ。

雑誌に載ってる清志郎さんのインタビューやコラムなんかを、僕は昔よく好んで読んでいた。
晩年の清志郎さんが、ある時、雑誌でこんな感じの発言をしたという記憶がある。

「『雨上がりの夜空に』が大好きです」とか、もういい加減にしてくれ。

自分のヒット曲を大好きと言われて、何が嫌なのか。
僕もその時は、一瞬ピンとこなかった。
でも今となっては、それがすごくわかる気がするんです。

晩年の忌野清志郎さんからしたら、こう思ってたはずなんです。
『雨上がりの夜空に』がヒットした後、25年ぐらいずっと新曲を出し続けてるのに、『雨上がりの夜空に』が一番好きと言われたら‥

25年間、俺は『雨上がりの夜空に』をこえる名曲を1回も作れてないってことかい!と。

勿論、相手は褒め言葉で、よかれと思って「『雨上がりの夜空に』が大好きです」と言ってるんですが。
おそらく晩年は、この褒め言葉を言われる度に、むしろ傷ついてたんじゃないかと思います。

『雨上がりの夜空に』以降、なかなか大ヒットをとばせない。
これは本人は実はすごくコンプレックスに感じてて、そしてそのコンプレックスの大きさ故に、そのことをはっきり口にしたくないという気持ちもあったと思う。

人間、心底気にしてることって、言いたくないもんです。
それを口にすることは、自分の恥部をさらけ出すことにもなるから。


そんな晩年の清志郎さんのことを、ふと思い出してしまうような、そんなことが先日僕にもあった。
褒め言葉なのに、全然いい気がしなかったなぁと。

何を言われたか。
それはここでは言いません。
一番気にしてることは、やっぱり言いたくないから。。


あ、代わりに、そこそこ嫌だったやつを1つ書きます。

「大喜利おもしろいですね」

これは、芸人に言われました。
あくまで褒め言葉として、何の悪意もなく言われました。
でも僕からしたら、こう感じることもあるんです。

「大喜利はおもしろい?それ以外はたいしたことないって言いたいんか。勝手に上から言うてくれるなぁ。こっちはお前のことおもしろいと思ったことないけどな。大喜利はおもしろい?そらお前よりはおもしろいに決まってるわ!!」

と内心、一瞬だけイラっとしたんですね。
(大変汚ならしい表現でしたが、あくまで内心、それも一瞬思っただけです。)

これは、こっちサイドのコンプレックスから、勝手にイラっとしてるだけであり。
そもそも、普段から大した結果を出せてないから言われるわけで。
結局、原因は自分にある。という結論にしか着地しない。

刺さらない褒め言葉というものは、だからこそ心地が悪い。
褒められてるのに、結果、自分のふがいなさを思い知り。虚しい余韻が心に漂うだけだから。


最後に。
再び、ロックミュージシャンの話に戻るが。

甲本ヒロトさんも、「『リンダリンダ』が一番好きです」と言われるのは、めちゃくちゃ嫌だろうなぁと思う。

現に、もう『リンダリンダ』は一切歌わないし、本人が絶対やりたくないと明言してます。
それは、忌野清志郎さんのケースとはまた違う理由もあるんだろうけど。


褒め言葉は、やはり刺さってなんぼ。

相手を嫌な気持ちにさせないよう、本当の意味で、相手の気持ちに寄り添い、適切な褒め言葉を投げかけてあげれる人間でいたい。

とはいえ、僕も褒め言葉で相手をムカつかせてることあるんだろうな。
いや多分、大いにあると思う。

言ってる本人は気づかないという。。



ここをポチッとすると、ボクをサポートできるんだって。 うっふん。