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ジャニーズ「NG記者リスト」内部告発者の探索はコンプライアンス逸脱

 昨年10月2日にジャニーズ事務所(現・スマイルアップ社)が開いた記者会見は、ふだんの付き合いのない記者たちからも忖度のない質問を受け、それらに答え、生まれ変わった姿を示し、再出発へのスタートラインにする、そんな場となることを社会から期待・要請されていました。記者会見に出席した記者はもちろん、ジャニーズのファンや取引先も含め、幅広い社会から期待・要請されていたのが、あの日の記者会見の公正な運営でした。

個々人のスマホ、パソコン、SNSアプリを調査

 ところが、その裏でひそかに、「NG記者リスト」が作成され、記者会見の司会者や運営スタッフの間で共有され、会見場に持ち込まれていました。これは、記者会見の公正な運営が害されているのではないかと疑わせるおこないです。したがって、これを報道機関に知らせるのは、公共の関心事についての社会への問題提起であり、正当な内部告発です。
 
 現に、昨年10月2日に記者会見がおこなわれたのち、その当日から同月4日にかけて、何者かによって、「会見運営をジャニーズのやりたい方向性で進めるべく」「リストが配られ、運営メンバーに配布されました」との情報が「NG記者リスト」とともに電子メールでマスメディアに提供されたようです。スマイルアップ社によって8月27日に公表されたそのメールの写しによれば、その提供者は「会見の運営を担当したものの1人です」と自称しています。
 
 繰り返しますが、社会の期待・要請に反するおこないを社会に向けて明らかにしようとするのは、正当な内部告発です。そうしたおこないが隠蔽されて、表向きだけ取り繕った記者会見ですべてを終わらせることは、長い目で見れば、ジャニーズ事務所にとっても、生まれ変わるチャンスを逸することにつながり、良いことではありません。そうしたおこないが明らかになるのは、長い目で見れば、ジャニーズ事務所にとってもありがたいことだと考えるべきです。

 たしかに、これは公益通報者保護法が保護対象とする公益通報には該当しません。なぜならば、記者会見が不公正に運営されたからといって、それそのものは違法でもなければ、犯罪でもないからです。しかし、記者会見で記者の質問を都合のよいようにコントロールしようとするのは、社会の正当な期待・要請に反するおこないであり、すなわちコンプライアンスを外れるおこないです。このため、それについての内部告発は、公益通報者保護法の保護対象に該当しなくても、懲戒権濫用など一般法理による法的な保護の対象となる可能性が十二分にあります。

何者かによってマスメディアに提供された資料としてスマイルアップ社から2024年8月27日に公表されたメールの写しの一部

 にもかかわらず、ジャニーズ事務所が記者会見を委託した事業者FTIが、この情報提供者を探索しようと、労働者個人のスマートフォンやパソコンのデータを提出させようとしていたことがきょう8月27日、明らかになりました。
 
 スマイルアップ社は同日午後、「NGリストの外部流出事案に関する弊社委託先による調査結果の受領について」と題する文章をウェブサイトに掲載して公表しました。その文章の中に「リストの流出について」との節があり、そこに委託先FTI社の調査の内容として次のように書かれています。
 
 「個人の電子機器含めフォレンジック調査を行った。」
 
 この記者会見の運営に携わった労働者個々の電子機器に残るデジタルデータの痕跡を鑑識的に分析したというのです。
 
 FTI社の業務委託先であるA社の社員については、「スマートフォン等のデータ提出に応じないなど、その協力を得られなかった」と書かれています。
 
 A社の業務委託先であるB社については、「当時の担当者17名のうち2名について、スマートフォン端末の初期化・破棄、SNSアプリのアンインストール、PC端末の物理的毀損によりデータを十分に確認できていない」と書かれています。
 
 どうやら、この調査では、委託先の下請け、孫請けの労働者個々人のパソコン、スマートフォン、SNSアプリの通信内容までをも対象に内部告発の痕跡を探ろうとしたようです。
 
 このような内部告発者の探索は、それそのものがコンプライアンスを逸脱するおこないであり、労働者にとっては、ハラスメントに該当する可能性があります。そして、スマイルアップ社がそれを批判せず、容認しているのもまたコンプライアンスに悖ると思われます。 

兵庫県の告発者探索と似た対応

 ジャニーズ事務所内部で代表者による性加害が長年放置され、被害が拡大した原因の一つは、おかしなことに「おかしい」と声を上げることができない事務所の組織風土でした。遅ればせながら2023年に至って被害者への補償など是正が図られることになったのは、勇気ある被害者が公の場で声を上げ、それを追うように別の被害者による告発が相次いだからです。
 
 問題の昨年10月2日の記者会見で、スマイルアップ社の東山紀之社長は過去について「結論的にやはり僕は、まあ見て見ぬふりをしてたということになる」と自省の言葉を口にしました。「そういうことを誰かにこう言えるのかといったら、その勇気は僕にはなかったです」と卑下しました。同社の副社長だった井ノ原快彦さんは「得たいの知れない、おそろしい空気感というものをぼくは知ってます」と振り返りました。「ひとりが勇気を出してくれたおかげで何人もの人たちが告白できたんだと思いますし、それを無駄にしてはいけないとぼくも思っております」と誓いました。
 
 このような経過に照らせば、スマイルアップ社は、内部告発の大切さをだれよりもよくわかっている会社でなければならないはずです。
 
 自分の身の危険を顧みずに、言うべきことを言い、指摘すべきことを指摘する、正当な告発をできる、そんな組織風土がもっともいま強く求められている会社が、スマイルアップ社なのだろうと思います。東山社長や井ノ原さんはそのことをもっともよく分かっていなければならない経営者であるはずです。
 
 内部告発者を探し出し、不利益に扱ったことで、自殺を図る事態にまでその人を追い詰めたとして、兵庫県と鹿児島県警が、世論の囂々たる非難を浴びています。そんなさなかの8月27日に、スマイルアップ社が、業務委託先の事業者による内部告発者探索を明らかにして、それを批判することなく容認するかのような態度をとっているのは不可解です。
 
 国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会は、昨年夏の日本での調査の結果をとりまとめた報告書の中で、ジャニーズ事務所における性加害の問題について「深い憂慮を抱いている」と言うだけでなく、それと同時に、日本における内部告発者保護の強化を提言しています。そこを見落とすべきではありません。

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