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私がエッセイを書く理由(わけ)

先日、お恥ずかしいヘマをやらかしました…。ちょっとした詐欺に引っかかりまして。

詐欺にあった話を聞くたび「自分だけは絶対に詐欺には引っかからない」なんて思い上がった気持ちがありました。が、そんなものは見事に打ち砕かれました。

なぜ気づけたかというと、私にそれを指摘してくれた人がいたから。ミスを指摘するなんて、きっとすごく言い出しにくかっただろうな…、私を傷つけないようメチャメチャ言葉を選んでくれたんだろうな…。そんなふうに考えると感謝しかありません。この場をおかりして改めてお礼の気持ちをお伝えしたいと思います。(了解を得てないので名前は書けないけれど…)本当にありがとうございました!

騙された日はただただ自分が情けなくて。恥ずかしいやら腹立たしいやら、気持ちがずいぶんと揺れたのですが、一夜明けて冷静になってみたらすごい発見をしました。

私は今までSNSでもnoteでも「自分が何を伝えたくて、それでどうしたいのか」ということがイマイチはっきりとしなかったんです。これはこれでお恥ずかしい話だけれど。エッセイを書きつつも「自分がどうしたいのか」そして、その先が見えなかった。

でも私のヘマを指摘してくれた人がくれた、私のツイートへの感想で全てがクリアになりました。自分の中で「カチッ」とダイヤルがハマる音が聞こえた気がします。わが人生初めての経験。

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私は、ポジティブなこともネガティブなことも「生きやすくなるためのヒント」として発信していきたいのです。

生きづらさを抱えて生きる人たちが、お互い生きやすくなるためのヒントを出し合い、みんなが自分なりの答えを見つけられたらいいなと思うのです。

そのために私ができることは、自分の体験や感覚を文章で表現すること。そのためにエッセイ書いてるんだってようやく気づけました。

プチ詐欺にあったことでそんな大切なことに気づくなんて。。。本当に何が幸いするかなんて分からないものですね。この世界の七不思議のひとつかもしれない・・・さすがにそれはないか。

あなたのお気持ちとコーヒー1杯で半日がんばれます! 私にエッセイを書き続けていくエネルギーをください!