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10. 「いつものあのひと」を取り戻す

納棺師の木村光希(きむら こうき)です。
だれかの大切な人である故人さまと、大切な家族を亡くしたばかりであるご遺族の、最後の「おくられる場」「おくる場」をつくることをなりわいとしています。

「いつものあのひと」を取り戻す

ご遺体のお顔を整えてさしあげるのも、納棺師の仕事です。

お化粧、というと女性のイメージがあるかもしれませんが、ご遺体の場合は性別にかかわらず、顔色をよく見せたり血色をよくしたりするために死化粧は欠かせないものです(むしろ男性には、ていねいに髭を剃る手順も加わります)。

この死化粧は、奥が深い。
尊敬する納棺師の先輩方でベテランや職人と呼ばれる域に達していても、化粧の勉強は終わりがない、ずっと続けているとおっしゃっていました。
 
お化粧において、ぼくは「生前のキャラクターを表現すること」に重きを置いています。
どう生きてきたひとなのか、「いつものあのひと」の表情を取り戻していくのです。

まず、生前の肌の質感を取り戻すために、故人さまのもともとの肌の色を見ながらオイル(ワックス)を混ぜた特殊なファンデーションを塗っていきます。
死後にできた黄疸や乾燥による黒ずみを、ていねいに隠していく。
ベースができたら、眉を描いたりチークや口紅などを塗ったりして仕上げていきます。
 
ここで気をつけなければならないのが、どんな色を、どれくらいの濃さで入れるかということです。
生前の故人さまらしさと乖離させないことは、とても大切です。

基本的にはご遺族のお話をうかがい、イメージを共有しながら「ナチュラル(うすめ)」から「ビューティー(しっかり)」のどの度合いにしていくかを決めていきます。
仏衣とのバランスもありナチュラル寄りに仕上げることが多いですが、歌謡ショーのような、ばっちりキマったメイクがしっくりくる方もいらっしゃいます。
それが生前の故人さまらしさであり、生き方だったのでしょう。

ご自宅での納棺で故人さまが女性の場合、「お母さまが生前に使っていた口紅をお借りできますか」とお願いすることもあります。
その一差しで、ほぅ……と空気がゆるむこともある。
ご家族にとっての「いつものお母さん」になれるのです。
 
また、ぼくが強く意識しているのは、傷やあざ、ホクロなどを「消しすぎない」ことです。

「そういえば、おばあちゃんのこの額のキズってなんだったの?」
「このケガはね、わたしが子どものころにこんな事故があって……」
「えーっ、あぶないじゃん! でも、おばあちゃんってウッカリさんだったし、なんだか『らしい』ね(笑)」

そんなご家族、ご親族の会話のきっかけにもなりますし、
なにより、傷やあざは人生の証明。一生懸命に生きてきた、とっておきの勲章です。

それは故人さまにとっても隠すべきものではないし、ご遺族にとっても「大切なこのひと」を思い出すうえで大切な、個性のひとつではないでしょうか。
だからこそ、のっぺりとした美しさではなく、人生を振り返れるような美しさを目指したいと思うのです。

ご遺体の表情で、遺されたひとの気持ちは変わる

さらに、いきいきとした「いい表情」に戻してさしあげるのも、納棺師の腕のみせどころです。

じつは、ひとの表情というのは、ささいな陰影で印象が変わるものです。
みなさんも仕事から帰るとき、電車の窓にうつる自分の顔が実際よりも疲れて見えたりするでしょう。
あるいは証明写真でやたらと老けて見えたり暗い表情になったりしてしまう、という経験もあると思います。

故人さまも同じです。決して苦しんで亡くなったわけじゃないのに、ちょっとした口角の角度や目の周りのくぼみ、しわ、左右の非対称性などで「苦しそうな表情」に見えてしまうのです。

ご遺族はやはり、そういったお顔を見ると、後悔を抱いてしまうもの。

「延命治療させてたことで苦しませてしまったのでは……」
「自分が○○していれば、もっと幸せに生きられたのに……」

そう思い詰め、責任を感じることで、よりいっそう深いかなしみに沈んでしまうのです。
 
ですから納棺の際には、生前ににっこりほほえんでいたときのような、幸せそうな、安らかな表情に戻していきます。
綿花を使ったりしながら、ふっくらとやさしい表情に戻していく。

そんなお顔を見ることで、遺されたひとも「きっといい人生を送れたんだな」と思えるし、「自分たちもできることはやった」「出会えてよかった」と、納得しておくることができる。前を向けるのです。

実際、表情を戻し、メイクをほどこすことで、ようやく故人さまと向き合うことができた……そんなご遺族も少なくありません。

入院生活が長かった故人さまの場合、「しばらくこんなおだやかな表情を見ていなかったわ」と安堵の表情を見せる方もたくさんいます。
「最期は苦しまなかったんだね。こんなやりきったような、清々しい顔で旅立てたんだね」とホッとされるのです。
 
たかが口角の角度、たかがしわの一本かもしれません。
それでも、表情ひとつでご遺族は救われるし、笑顔にもなれるものなのです。

生前のような姿を目にすることで、ショックを和らげ、受け入れ、お別れに対して納得感を持っていただく。
こうしてお別れを納得するプロセスは、遺されたひとの未来にとっても非常に重要なものです。
 
「最後を美しくおだやかに送ってあげることができた」
「いい納棺、いい葬儀をしてあげられて、よかった」
 
こうした思いを抱けることが、ご遺族のかなしみを癒すきっかけになるはず。そう信じて、お顔に触れています。


※本記事は、『だれかの記憶に生きていく』(朝日出版)から内容を一部編集して抜粋し、掲載しています。

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