奥武蔵について語るときに僕の語ること
奥武蔵について語るときに僕の語ること
関八州見晴台について
山を降りてロードに出ると強い日差しとともに初夏の暑さが体にまとわりつく。気温が完走率に直結する「このレース」の日に限って、毎年のようにレース当日はこんなに暑くなるのだろうか?
確か24時間前も同じようなことを考えていたのだが、レース終盤を迎えた今のほうが気楽に考えられる。
これから大きな登りが待っている。高山不動尊のエイドを挟み関八州見晴台までの600mUP。ここを超えてしまえばゴールまで下り基調になる。関八州見晴台から3時間もあればゴールできるだろう。
西吾野駅脇の不気味なトンネルをくぐると登りが始まる。いきなりの見上げるような登り。12時間前に登った登りだが、12時間前の自分の脚じゃないんだってことを実感し、見上げては止まるを繰り返しながらゆっくりと歩を進める。
這いつくばる様に稜線に出ると風が吹いた。暑いとはいえ5月中旬、山の中に流れ込む湿気を含んでいない風は涼しく、火照った体を少しだけ冷やしてくれる。
稜線に出てからも登りと小さな下りを繰り返しながら、少しづつ関八州見晴台に向けて標高を稼いでいく。
「やれやれ、奥武蔵というやつは簡単には標高を稼がせてくれないな」
高山不動尊エイド手前の急な階段は手すりにしがみつきながらよじ登る。油断すると後ろにひっくり返りそうだった。
エイドでゆっくりしすぎると足が固まって動けなくなってしまうので、エイドでは長居せずに出発した。
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高山不動尊を出ると関八州見晴台への短いけど急な登りが始まる。ここは25年前の遠足で歩いた道だ。あの日も今日と同じように5月の、暑い日だった。そして、25年前の自分も今の自分と同じように「ひぃひぃ」言いながらこの道を登っていた。
四半世紀が経ち、この道は「このレース」を完走するために何度も通った道となった。結果、地面を見ているだけで自分の位置と頂上までの時間が大体分かるくらいになった。
以前、レースで自身が望む結果を出すことを目的に山に通ったことがあった。結果を出すことを目的に山に通った結果、大好きな山だった山に行きたくないと思うことが幾度となくあった。
その経験から、結果を出すために山に通うのはやめようと強く思った。過去の話。
でも、この3か月間は「このレース」を完走することを目的に山に通った。1か月あたりのトレーニング時間は今までの2倍になった。
でも、けして嫌になることはなかった。
どうして「このレース」に出たかったんだろうか。どうしてこれほどまでに心を揺さぶられたんだろうか。
人生においてそう多くはないであろう、心を揺さぶられる出来事に出会えたことはとても幸せなことなんだと思う。
そんなことを考えながら足を動かしてたら関八州見晴台に到着した。25年前と変わらない景色が広がる。変わらない景色とぼろぼろの自分を見ながら、25年前の自分と今の自分を重ねる。
「お前が理想的としている大人」にはなれなかったけど、「お前が嫌いになりそうな大人」にはなっていないよ。って子供のころの自分に伝えられるんじゃないかなって思った。