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雅楽~音程(2)~十二律は2種の純正な音程でできている

雅楽の音階「十二律」がどのような姿をしているかを見る、2回目です。

十二律の各音はそれぞれ、純正な音程であるパートナーがいます。
パートナーは、8と6を数えれば分かります。

このパートナー関係を意識するといろいろなことが見えてくると感じていますが、それは今回置いておき、「純正な音程」と8・6の説明だけします。関係図も載せました。

純正な音程とは

2音を同時に鳴らしたとき、うなり――わんわんというような規則的な強弱――が生じない音程を「純正」と表現します。純正な音程の和音は、とても澄んで聞こえます。

音程は、周波数の比較で表せます。例えば1オクターブの関係は周波数で、1対2(以下1:2)です。この整数値が小さいほど、理論上、和音が澄んできます。

十二律は純正な音程「2:3」「3:4」でできている

十二律という音階は、2種の純正な音程でできています。2:3と3:4です。この音程が、十二律の骨組みです。

なぜこうなのかというと、「三分損益」という手法で音階を作っているからです。三分損益は末尾で説明します。

①2:3の音程は、例えば、壱越と、その上の黄鐘です。
壱越 ↑ 断金 ↑ 平調 ↑ 勝絶 ↑ 下無 ↑ 双調 ↑ 鳧鐘 ↑ 黄鐘
壱越を1と数えて、黄鐘は8番目。
音階を上がることを「順」と表します。「順八(じゅんぱち)」です。
下がることは「逆」で、この例で壱越は、黄鐘から見ると「逆八」です。

十二律では一組を除きどの音でも、このように数えた8は、周波数比2:3の純正な音程です。

②3:4の音程は、例えば壱越なら、その上の双調です。
壱越 ↑ 断金 ↑ 平調 ↑ 勝絶 ↑ 下無 ↑ 双調
壱越を1と数えて、双調は6番目。「順六」です。
双調から見ると、下の壱越は「逆六」です。

十二律では一組を除きどの音も、このように数えた6は、周波数比3:4の純正な音程です。

どの音にも、8と6の、2種のパートナーがいます。
現行の雅楽十二律のパートナー関係を線で結ぶと、次のようになります。見やすくするため、実線と鎖線を交互に描きました。

6・8の階段図

コンパクトに円形にすると、こうなります。直線が8・6の関係です。

現雅楽音高(理論値)の相関図

楽器の調律手順「順八逆六」は、この純正な音程を利用したものです。

なお、両図ともにある赤い鎖線の「断金-鳧鐘」は、純正な音程ではありません。これについては、最後の「三分損益のしくみ。純正でない逆六が現れるわけ」の項で触れます。

数字は隣接音との音程(単位=セント)です。(参照:音程(1)~狭い隣接音と広い隣接音を図示してみた
*セント=音程の単位で、1オクターブが1200

理論から、音楽の姿へにじり寄る

蛇足です。
説明だけと言いながら、やっぱりちょっとだけ、なぜこの記事を書いたかを書きます。

音高の不安定な雅楽器にとっては澄んだ協和音を響かせること自体が実際には困難なのに、こんな理屈がなぜ必要なのだろうと思われるかもしれません。

私が「練習の座学」としてこの記事を書いたのは、冒頭でもちらりと触れましたが、8・6というパートナー関係が、旋律の姿――ひいては雅楽という音楽の姿――へにじり寄る手掛かりになるような気がしているからです。

例えば龍笛で、壱越調の音取(ねとり)は「壱越 ↓ 黄鐘」が主な音型(というかほぼこれだけ)ですが、これは6の関係です。音取は楽器同士の音合わせの意味があるとされますが、音高だけではなく、純正音程=音階の骨組み、を確認する意味があるとも想像できます。そうなると、この2音をどう感じどう扱うか、その後に壱越調の演奏が続くけれど、そこではどうなのかなど、気になることが増えてきます。

ただこのような話は、冒頭でも書いたように今は置き、ここまでにして、テーマを温めておきたいと思います。正直なところ、書けるだけの学びが私にはまだまだ足りないのです。

「三分損益」のしくみ。純正でない逆六が現れるわけ

この項では、三分損益とピタゴラス音律について説明します。

ピンと張った1本の弦を想像してください。イメージしやすいように、90センチとしましょう。
鳴らします。ピ~~ン。

【1】 3等分のしるしをします。端から1/3の所を何かで留めて、残りの2/3を鳴らします。ピン。

短くなったので、元より高いです。
どれだけ高いかというと、周波数で1.5倍。比べると、2:3の関係です。
現れたのは、順八の音です。

3等分した1を取り去るこの手順を、「三分損一」と言います。「さんぶんそんいち」です。

【2】 【1】の弦。90センチが60センチになっています。これにまた、3等分のしるしをします。20センチごとですね。

留めをはずし、そこから20センチ足した所を留めます。弦は80センチです。鳴らします。ビ~~ン。

長くなったので、【1】より低いです。

どれだけ低いかというと、周波数で0.75倍。比べると、4:3の関係です。
現れたのは、逆六の音です。

3等分した1を加えるこの手順を、「三分益一」と言います。「さんぶんえきいち」です。

これを繰り返して音を導き出す方法を、「三分損益」(さんぶんそんえき)と言います。導いた音を高さ順に並べると、音階ができます。

音楽で用いる音の高さの相互関係を「音律」と言います。音律には種類があります。三分損益で求めた音の関係は、西洋音楽で言うところの「ピタゴラス音律」に当てはまります。雅楽で用いる音=十二律の相互関係はピタゴラス音律だと以前に書いた(「雅楽練習の座学~チューナーに合わせると、これくらい違う」)のは、このような意味です。

ただ、出発音を1と数えて12音までは1オクターブに収まりますが、13音目を導くと1オクターブをやや超えます。正確に言うと、23.5セントオーバーです。

そこで、出発音と13音目がちょうど1オクターブ(1:2)の関係になることを優先し、12音目→13音目(手順は三分益一)は音程を23.5セント縮めます。当然、純正な音程ではなくなります。

出発音や「損一」「益一」の組み合わせ方により、いろいろな十二律の姿が現れるのですが、現行の雅楽十二律では、周波数(*)から算出すると「断金-鳧鐘」が23.5セント縮められた関係になります。

ピタゴラス音律でも同じような処理があり、この音程はオオカミのうなり声にたとえて「ヴォルフインターバル」と呼ばれています。

ちなみに和音を奏でる笙は音の鳴る竹管15本を持っていて、1本で1音が鳴るようにできていますが、断金の鳴る竹管はありません。


*現行の雅楽十二律の周波数
下の表を参照ください。なお、「現雅楽音高(理論値)」は筆者が計算したものですが、「雅楽 四三〇サイクルの決定とその背景 押田良久の雅楽への情熱」(鈴木治夫・著、日本雅楽会・発行)p.50の表内「笙調律の音高の計算よりの数字」と一致します。同表には他に5種の十二律の周波数が掲載されています。

現雅楽音高(理論値


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