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セビージャひるね暮らし(8)

※2021年の記録です。

9.23 木 曇り España旅行第8日目 Sevilla

 昨夜はぐっすり眠れた。一度目覚めて5時台。二度寝。

 8時50分に活動開始。トレーニング。下へ降りてって河岸の柵を使い、斜め懸垂タオル付き縦横60回。そのままパン屋へ。非精白のパン1本0.70。帰宅してドゥチャールセ。

 9時半過ぎに朝食。朝からステーキ。スモデナランハ、トマテと葉野菜のエンサラーダ、パン、カフェ。

 執筆。

 今13時51分だが、黒っぽい雲が垂れ込んでいて、14時以降は雨予報が出てる。アンダルシーアで雨だなんて。「夏」には考えられないこと。やっぱ7月8月に来るべきだったか。来年はぜひともそうしよう。

 さて14時だ。今日は引きこもりと決めて、昼飯としよう。加工肉2種、ケソ、葉野菜、トマテに胡椒とオリーブオイル。缶セルベッサぷしゅーである。

 赤ビノ飲み、封切りウオトカ水割りに変えて、歯も磨いてシエスタする準備に入ったところで、こどもからLINE電話。おいらの年金や、自分の進路のことやら、結婚のことやら、トータル28分56秒話す。こんだけ「国際電話」してロハなのがネット時代の有り難さよ。

 ウオトカのせいか、眠りが深かった。目覚めて18時過ぎ。プチ買い出しへ。一番近いスーペルメルカドであるディアに行く。赤vビノ2.40、トマテ2個、加工肉、セルベッサ2缶で5.50。と、天気雨の小雨。帰宅してブツを格納。で、傘持って再出立したら本降り。

 イサベル橋方面から回り込んで、裏通りを戻ってくる。バル「サンタ・アナ」へ。店に入る直前に雨が上がっていた。いつもの(笑)カウンターでカーニャ2杯にチチャロン。5.60。周囲の会話に耳をすます。オーダーのやりとりはけっこう聞き取れるようになってる。una botella del agua fría(冷たい水ボトル1本)とかさ。細かいbroma(ブロマ=ジョーク)のやりとりはまったく分からん。言葉だけじゃなく「基本教養」の問題。いや、この界隈の(笑)

 店を出て歩く。アルヘンティーナ大通りへ出て右折。大きなロータリーまで行って、逆サイドを戻ってくる。ノーマスク。で、あらためて分かったんだが、おいらじぇんじぇん目立っていない。人の目に止まっていない。単なる一爺で、風景の一部。これはホント有り難いこと。セビージャみたいな都会ならでは、で、田舎じゃ無理。

 帰宅して20時過ぎ。晩飯は適当。さっき買ってきた加工肉を適当切ってフライパンで焼き、玉子2個溶いて流し込み、オムレツもどきにする。それにトマテ。酒は赤ビノ。

 こんなんでホント十分すぐる。レスタウランテ行きたいとは思わんし、和食的なものに飢えたりもしない。2日に一度サルピコン食うくらいで十分。他に発酵系は何だろ? そっか赤ビノだ。日本酒みたいに火入れしていないから、酵母が活きてるんだと思う。

 料理の基本をスキルとして持ってて良かった。生活の土台を構成する技術だ。孤高のハードボイルドを気取ったところで、玉子一つ焼けないなら、生きてくだけで精一杯。文化的生活は無理っしょ。

 後は運動習慣。朝イチのトレーニングは始めて3年目だが、これはもう人生の基本。さらに歩くこと。最低8000歩。ちなみに今日は引きこもり基本だったが、それでも今時点で9170歩だ。

 そして書くこと。読むこと。書くのはこれまた基本。話し相手が必要なくなる。他ならぬ自分自身とコムニカシオンできるから。それもとことん深く。セビージャ来る以前、日本での暮らしにして、そうなんだ。書いているから、一人でも十二分に充実した時間を過ごせる。逆に下らない「話し相手」は、いるだけ邪魔。

 人間は社会動物で、自分もその一員なのだが、自分の場合「周囲に人間が複数いて、その中に自分が紛れ込んでいて、とりたてて『異物』扱いされてない」というだけで十分なのよ。適度な距離があり、無遠慮な干渉が無ければ「安心」。あるいは、にぎやかに盛り上がってる人たちの声を聞きつつ、一人で何かしている、というのでもオケー。現に今そうであるように。下から聞こえる楽しげな声。スペイン語だったり、英語だったり。

 ウオトカ水割りを喫している、はや23時過ぎ。

 このアパルタメントは広い。自宅マンションよか広いんじゃね? トイレもシャワーも2つずつあるし。嫁さんと二人で暮らすには十分だ。眼下は川で嫁さん好みだろうし。来年の「夏」に予約できんか訊いてみるかねえ。

 にしてもホント、暮らすなんて簡単だ。借り暮らしならとりわけ。セビージャなら月20万も出しゃ御の字以上じゃね? 3か月として60万。エア往復合わせて80万もありゃお釣りがくるだろう。年80万の贅沢。自分にとっちゃ余裕である。うん。そのくらいの余裕をもって「設計」したい。

 今回は3週間ちょい、来年夏は1か月以上セビージャで暮らす。それが「移住」への橋頭堡だ。ビザは後付で十分。まずは「暮らせる」との実感。そして「暮らすぞ」との意思。そっからだ。宮崎アニメの「魔女宅」を思い出す。キキが住み着いたのは「大きな町」。まさにセビージャ的な古い都会だった。田舎じゃない。

…そんな「甘い見込み」がママならなくなるというのは、「後の話」でござんして(笑)

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