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4冊目*人生の流れが美しくなる 禅、「お金」の作法(枡野俊明)

過去記録④※ビブリアに出会う前に読んでいたためアウトプットメモはありません。

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お金シリーズ(※とは言っても勝手に命名してるだけで実際は無関係である)3冊目は「作法」

この作法、という言葉に妙に惹かれる。何故だろう…調べてみた。

さ‐ほう【作法】
読み方:さほう
1 (‐ハフ)
㋐物事を行う方法。きまったやり方。きまり。しきたり。「婚儀は旧来の―にのっとる」
㋑起居・動作の正しい法式。「礼儀―」
㋒詩歌・小説などのきまった作り方。さくほう。「小説―」
2 (‐ホフ) 仏事を行う法式。葬礼・授戒などの法式。
「例の―にをさめ奉るを」〈源・桐壺〉
→礼儀(れいぎ)[用法]
Weblio国語辞典

きまり、しきたり、というこの文字は、良くも悪くも一本筋が通ってる感覚がある。嫌い、だけど安心感、秩序、安寧が保たれるからだろうか。

「お作法=所作」という図式が出来上がり、お作法通りとなると所作の美しい人という凛とした立ち姿が思い浮かぶ。華道、茶道などの道のつく世界が連想されるからだろうと思う。

なのでというべきか、この世界で必需品ともなる「お金」にも礼儀作法があるならばと開いてみた。

「ある」と思うこと。
禅僧からのお話ということだから、欲望を解き放つ?ための心得のようなものだろうか。その代表格として登場した「物欲」。隣の芝生を見るのではなく、身の回りをまずは見ると「ある」そうだ。確かにあるにはある。ただ、人の目も気になる。その狭間のまま読み進めて行き着いたものは、「悟り」を開くというのは生半可ではない…だった。

いや、出来そうなものもあった。
衝動行動、つまり衝動買いをしないこと。熟考するというのが正解かも知れない。その「もの」が本当に必要かどうか、一度時間をおいて離すそうだ。目からも心からも、それでもなお「必要だ」と思うならばそれは買うべきものという判断。

振り返ると沸点まで登った感情のまま購入した「もの」はいつの間にか消え、静かな感情で購入したものは愛用している。

唸った一節だった。

「大切にする」
これは物だけにあらず、人や生き物全てに思う心だろうか。これは自分自身も含まれているが、ぞんざいに扱えばそれなりに…か。つもりで生きてきたが、時として荒んだ感情のまま過ごすことがある。反対に人、生き物、物に対して慈しみを持って接した時の視界が全く違う気がしてならない。

前述は、色彩感覚も失われる。実際はきちんと見えているものの感覚の話をすると色褪せているように感じるのだ。後述は色が溢れて眩しく、ワクワクする。

このワクワクで心が満たされるのか!?
満たされれば、欲望は抑えられる。あーでも、テンションが高いと財布の紐も緩む気がする。

けれど後悔はしない…むしろ経験値があがる。そんな気がしてならない。

単純だからこそ忘れてしまいがちだ。
必需品だからこそ人生の大半は「お金」の関係に支配されている感覚だ。心の持ちようと言われればそれまでだが、だからこそ今、できる範囲の上記二つのテーマをもって「お金」に礼を尽くしたい。

鼻息荒くしていた感情を少しだけ冷静にしてくれた一冊。

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