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 「ほら、あそこの母娘のとこさ。」
 事務所では町に現れる熊の話題で持ちきりだった。

 「喫茶店みたいなのやってるんでしょ?ランチかなんか出しててさ。ボロボロビルの階段を上ったところにあるやつ。」
 「ああ、はい。知ってます。」
 その母娘の喫茶店は私も何度か利用したことがあった。思い付きで増築を重ねたような変な作りの建物で、ちょっと大きな地震でも来たらジェンガみたいに崩れるんじゃないかと心配になるような。
 「熊のこともあるし、避難してってことでちょっと行ってきてよ。」
 
 気が進まない。以前から母娘には立ち退きを迫っていたらしいので、熊の話は渡りに船だったんだろう。しかし多分、母娘にはほかに行く当てがないのだ。

 

 私は足元に犬を連れて、その「ジェンガビル」へ向かった。
 犬はお散歩を楽しんでいるようで、足取りも軽い。
 揺れる外階段を上って最上階の非常口から中に入る。広めのフロアになっていて、正面が母娘のいる部屋だ。
 その時、右から数人がドタドタと走って目の前を通り過ぎ、それを派手なシャツの男が血走った眼つきで追いかけていった。何事かと彼らの後姿を見送っていたら、熊だ!という誰かの叫び声が聞こえた。

 振り向いた私の目の前に、真っ黒な毛の山が―――――

 いけない、犬を逃が

 熊は私の首めがけて大きな口をあけた。
 自分の心臓の音ばかりが鳴り響いていた。

 

 そこで目が覚めた。


 令和のはじめに熊に食われるとは。

保護猫のお世話をしつつ夢の話を書いたり日々のあれこれを書いたり打ちひしがれたりやる気になったりしております。やる気はよく枯渇するので多めに持ってる人少しください。