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273. 向かう先が一緒なら嬉しい

深夜0時はまわっていなかっただろうか。
日中は賑わいを見せる、この小さな商店街の一本道も人通りが少ない。
気温は0度近かったか、寒さに震えながら家路を急ぐ私の視界の右端に彼が現れた。

「ここはなんの店なんだ?」
通る度に気になって覗いてみるも結局はよく分からなかった、そんな馴染みある店舗「らしきもの」の入り口ドアの前、2段だけある緩やかな階段に彼はもたれ掛かっていた。
怪我でもしたのか仰向けに近い姿勢、遠目に見ても違和感があった。
近づいていくと彼は時折肩を震わせ、文字通り「ぐすんぐすん」という擬音がよく似合うような、彼は泣いているらしかった。
通りを往く数人の歩みを止めるほどの「何か」はないらしい、関心があるとは思えない素振りで人々は彼の目の前を通り過ぎて行った。

「彼は泥酔しているようだ。」
私と彼との距離が約5メートルほどになった頃、私の中にそんな推測が浮かぶ。
であればあの涙に私が「何か」を思う必要はないだろう、そう思って私も彼の前を過ぎ去った。
小さな歩幅で10歩ほど足を進めてから振り返る。
小走りで大きな歩幅で5歩くらい、彼の元に戻った。

「あの〜大丈夫ですか?」
自信なげに話し掛けた私に彼は答えた。
「うんうん大丈夫よ、大丈夫。」
黒いスーツに白いワイシャツ、ネクタイはつけていない。
ほぼ寝転んでいるような体勢ではあるがシュッとしていてスリム、とは言い難い体型。
顔に手を当て両目を隠しながら、涙声を混えていた。
「ほんとに大丈夫ですか? なにかあったらぜんぜん…」
おーおっけい大丈夫なのねと去ることは出来なかった私の追撃。
「いやー凄く悔しくてね、でもほんとに大丈夫。ありがとうね声かけてくれて!」
重い腰をあげて立ち上がりそう言った彼。
少し丸みを帯びた輪郭にツヤのある白めの肌、立ち上げられた短い前髪は少しテカっている。
身長は170センチ後半といったところだろうか。
親指を立てて、頭より高く腕を掲げながら見せてくれたその笑顔には清潔感と、つい応援したくなるような魅力を感じた気がした。
「いえいえそんな、お休みなさい。」
軽く会釈をしながら微笑み返してその場を後にした。

自宅に着いてからも彼のことが気になっていた。
家事やテレビにあまり集中できない。
30分ほどでまた家を出た。
彼がさっきいたところまで自転車で向かう。
まだ彼がいたら近くのコンビニでコーヒーでも買っていこうか。

幸か不幸か、彼はもうそこにはいなかった。



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