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向かう先が一緒なら嬉しい

深夜0時はまわっていなかっただろうか。
日中は賑わいを見せる、この小さな商店街の一本道にも、人通りが少ない。
気温は0度近かったか。
寒さに震えながら家路を急ぐ、私の視界の右端に、彼が現れた。

ここはなんの店なのか?
通る度に気になって覗いてみるも、結局はよく分からなかった、そんな馴染みある店舗「らしきもの」の入り口ドアの前、2段だけある緩やかな階段に、彼はもたれ掛かっていた。
怪我でもしたのか、仰向けに近い姿勢。
遠目に見ても、違和感があった。
近づいていくと、彼は時折肩を震わせ、文字通り「ぐすんぐすん」という擬音がよく似合うような、彼は泣いているらしかった。
通りを往く数人の歩みを止めるほどの「何か」はないらしい。
関心があるとは思えない素振りで、人々は彼の目の前を通り過ぎて行った。

彼は泥酔しているようだ。
私と彼との距離が約5メートルほどになった頃、私の中に、そんな推測が浮かぶ。
であればあの涙に、私が「何か」を思う必要はないだろう。
そう思って私も、彼の前を過ぎ去った。
小さな歩幅で10歩ほど、足を進めてから振り返った。
小走りで、大きな歩幅で5歩くらい、彼の元に戻った。


「あの〜大丈夫ですか?」

自信なげに話し掛けた私に、彼は答えた。

『うんうん大丈夫よ、大丈夫。』

黒いスーツに白いワイシャツ、ネクタイはつけていない。
ほぼ寝転んでいるような体勢ではあるが、シュッとしていてスリム、とは言い難い体型。
顔に手を当て両目を隠しながら、涙声を混えていた。

「ほんとに大丈夫ですか? なにかあったらぜんぜん…」

おーおっけい大丈夫なのね、と去ることは出来なかった私の追撃。

『いやー凄く悔しくてね、でもほんとに大丈夫。ありがとうね声かけてくれて!』

重い腰をあげて立ち上がり、そう言った彼。
少し丸みを帯びた輪郭に、ツヤのある白めの肌。
立ち上げられた短い前髪は、少しテカっている。
身長は、170センチ後半といったところだろうか。
親指を立てて、頭より高く腕を掲げながら、見せてくれたその笑顔には、清潔感と、つい応援したくなるような、そんな魅力を感じた気がした。

「いえいえそんな、お休みなさい。」

軽く会釈をしながら微笑み返して、その場を後にした。


自宅に着いてからも、彼のことが気になっていた。
家事やテレビに、あまり集中できない。
30分ほどで、また家を出た。
彼がさっきいたところまで、自転車で向かう。
まだ彼がいたら、近くのコンビニで、コーヒーでも買っていこうか。

幸か不幸か、彼はもうそこにはいなかった。



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