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泉屋博古館東京「特別展 木島櫻谷 ― 山水夢中」感想と見どころ


1.概要

泉屋博古館東京で開催されている「特別展 木島櫻谷 ― 山水夢中」を観てきました。木島櫻谷は美術史家・宮下規久朗さんの著書(「名画の生まれるとき 美術の力II」光文社)で「寒月」が取り上げられているのを読んで興味を持っていたのですが、今回実物を見られるということでとても楽しみにしていました。

近代の京都画壇を代表する存在として近年再評価がすすむ日本画家・木島櫻谷(このしま・おうこく1877-1938)。

動物画で名を馳せた彼ですが、生涯山水画を描き続けたことも見逃すことはできません。何よりも写生を重んじた彼は、日々大原や貴船など京都近郊に足を運び、また毎年数週間にわたる旅行で山海の景勝の写生を重ねました。その成果は、西洋画の空間感覚も取り入れた近代的で明澄な山水画を切り拓くこととなりました。一方、幼い頃より漢詩に親しみ、また古画を愛した彼は、次第に中華文人の理想世界を日本の風景に移し替えたような、親しみやすい新感覚の山水表現に至ります。

本展では屏風などの大作から日々を彩るさりげない掛物まで、櫻谷生涯の多彩な山水画をご覧いただき、確かな画技に支えられた詩情豊かな世界をご紹介します。あわせて画家の新鮮な感動を伝える写生帖、収集し手元に置いて愛でた古典絵画や水石も紹介し、櫻谷の根底にあり続けた心の風景を探ります。

展覧会公式HPより

2.開催概要と訪問状況

展覧会の開催概要は下記の通りでした。

【開催概要】  
  会期:2023年6月3日(土)-7月23日(日)
開場時間:午前11時 ~ 午後6時(入館は午後5時30分まで)
    *金曜日は午後7時まで開館(入館は午後6時30分まで)
 休館日:月曜日(7月17日は開館)、7月18日(火)
一般料金:一般1,200円 高大生800円 中学生以下無料
    *障がい者手帳等ご呈示の方は無料
    *会期中2回目の入館は、半券呈示にて半額

美術館公式HPより

訪問状況は下記の通りでした。

【アクセス】
六本木一丁目2番出口からずっと案内が出ており、徒歩5分ほどで迷わず辿り着けました。階段を昇っていくと都会のど真ん中にあるとは思えない風流な庭園が現れ、その中に美術館があります。
    
【日時・滞在時間】
日曜日の14:00頃訪問しました。割とコンパクトな展示で1時間ほどで見終わり、講堂で流れていたVTRも見て15:30頃会場を後にしました。

【混雑状況】
割と空いていてゆったり鑑賞できました。

【写真撮影】
第1章のみ撮影可能でした。

【ミュージアムショップ】
今回展示のグッズに加えてコレクションのカタログなどもありました。「寒月」のポストカードが右隻と左隻で2枚に分かれているこだわりようで、2枚買ってしまいました(笑)。

3.展示内容と感想

展示構成は下記の通りでした。

第1章 写⽣帖よ!― 海⼭川を描き尽す
第2章 光と⾵の⽔墨 — 写⽣から⼭⽔画へ
第3章 ⾊彩の天地 — 深化する写⽣
第4章 胸中の⼭⽔を求めて
エピローグ 写⽣にはじまり、写⽣におわる。

出品リストより

木島櫻谷は動物画の名手として知られますが、今回は山水画がメインの展示でした。櫻谷は若いころ各地を旅して写生に励み、その成果を活かして独自の風景画を作り上げていったそうです。

第1章では櫻谷が旅先で描きためた写生帖、旅道具などが展示されていました。写生の絵としての完成度の高さもさることながら、仲間の後ろ姿を描いたものであったり写生帖に「生涯の友」と呼びかけるメモであったりと櫻谷のチャーミングな人柄が感じられる展示が印象的でした。一気に櫻谷に親近感が湧きました。

木島櫻谷「「題写生帖自警」(写生帖より)」明治36年(1903) 櫻谷文庫

第2章では写生を活かして描かれた山水画が展示されていたのですが、「徹底して向き合ってその本質をつかみ取るための行為。それを自身のなかで醸成させ、やがて立ち上ってくる姿を作品として描き出す」(展覧会キャプションより)と語った通り、一度漂白した世界に必要なエッセンスを色付けしたというか、大事な白黒写真に仄かに彩色したような作品という印象を受けました。特に「細⾬・落葉」は淡い茶系が基調の中で植物の緑が効果的に使われていて、自然の生命力のようなものがより引き立っていたように感じられました。

続く第3章では櫻谷の想像力が一気に開花したような、多彩な世界が広がっていました。「寒月」の怜悧なモノクロームの雪景色、「駅路之春」の総天然色の朗らかな春の光景、「天⾼く⼭粧う」の色斑で表されたような山波と夕暮れの空気感など、自在な表現を堪能することができました。

第4章は晩年の悠々自適な生活の中で生み出された中国風の山水画が展示されていました。櫻谷の山水画は風景を描いていても物語性を感じさせるものが多いように思うのですが、漢文についても造詣が深かったらしく、文学への親和性が要因なのかなと思いました。若い頃から身に付けてきた教養と経験を元に作風を発展させていくというのは理想的な生き方だと感じました。

エピローグは再び写生帖や旅先からの手紙などの展示も交えたコーナーで、写生と作品制作のサイクルに真摯に取り組んだ櫻谷の人生が伝わる内容になっていました。

4.個人的見どころ

個人的には下記の作品が印象に残りました。

◆木島櫻谷「帰農図」⼤正元年(1912) 泉屋博古館東京
逆光に照らされた人物の丸っこいフォルムと青みがかった夜の光景が童話の挿絵のようでした。日本的なモティーフながら、エキゾチックな趣がありました。

◆木島櫻谷「寒⽉」⼤正元年(1912) 京都市美術館
冒頭に書いた通り実物を見られるのを楽しみにしていた作品です。実際に作品に向き合うと、竹に何かしらきらきらしたものが塗られていたり植物の葉の重なり具合や幹の丸みが立体的に表現されていたりと、視覚的な仕掛けの多さに驚かされました。「寒い悲しい余雪の夜の淋しみ」(展覧会キャプションより)を狐に託したとのことですが、狐の毛の所々硬そうなものが混じっていたり挑む(凄む?)ような表情からはむしろ孤独に押しつぶされまいとする意地のようなものが伝わってきました。

木島櫻谷「寒⽉」⼤正元年(1912) 京都市美術館
※グッズのポストカードを撮影

◆木島櫻谷「駅路之春」⼤正2年(1913) 福⽥美術館
こちらは「寒月」と並べて展示されていたのですが、一転して春を迎えた喜びが色彩豊かに描かれていました。平面的な塗り方が爽やかな印象に繋がっているように感じられました。人物の表情が隠れがちなのに対して馬の表情は分かりやすく描かれていて、この作品の長閑な雰囲気は馬目線によるものなのかなとも思いました。

木島櫻谷「駅路之春」⼤正2年(1913) 福⽥美術館
※グッズのポストカードを撮影

◆木島櫻谷「画三昧」昭和6年(1931) 櫻⾕⽂庫
自己を投影したと思われる作品ですが、最早仙人の域…。衣服のしわの描写など人物画は描線の美しさが際立ち、山水画とは違った魅力がありました。

◆木島櫻谷「絵葉書帖(⼤橋松次郞宛)」明治〜昭和時代 (19〜20世紀) 京都府 (京都⽂化博物館管理)
旅先から友人にあてた手紙をまとめたものですが、一枚一枚絵と文章の配置が工夫されていて櫻谷が楽しんで書いていたことが伝わりました。

5.まとめ

櫻谷の幽玄な山水画を楽しめると同時に、イキイキと絵の道に邁進した人生もたどれる展覧会でした。会期まだありますので、気になった方は是非行かれることをお勧めします!

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